漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko

カテゴリ:読んだ観た聴いた( 68 )

日本橋高島屋で開催されていたベルばら展を3月16日に見てきたので感想をしばらく続けます。
今回は、ベルばらの話というよりも、開催場所に関しての話題です。

開催場所は日本橋高島屋。
老舗中の老舗の百貨店。デパート、というよりもデパートメントストアと、ちょっとレトロな言い方が似合うし、それよりも「百貨店」という言葉がまさにぴったりな場所である。

ベルばらの雰囲気にぴったりな、ゴージャス感がいたるところにある。
1階エントランスのドアの装飾がこれ。アールデコっぽいデザインがとても優雅。
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日本橋高島屋は創業1933年。「東洋趣味ヲ基調トスル現代建築」という様式で、西欧の歴史様式に、和風建築の意匠をミックスしたもの。百貨店建築として初の重要文化財とのこと。

マスコットの人形もかわいい。名前はローズちゃん。着ているのは昔の制服だろうか。どれもこれもかわいいなあ。
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エントランスを入ると、大きな生け花が飾ってあった。
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勅使河原茜作。大胆で、季節感があって、前を通るお客様が何人も写真撮っていた。撮るよねえ、これ。

ベルばら展に行く前に、高島屋の話が盛り上がる。
ゴージャスでちょっとレトロ、、、いや、レトロというよりあれはクラシック。
それに70年代の雰囲気もあって、高島屋さま、よくぞベルばら展開催してくれました、ありがとう!と、思えるくらいだ。

入口ですでに気持ちが高揚し、これからベルばら展に行くのだ。
内容に関しては次の投稿で。よろしく~。




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by akaboshi_tamiko | 2017-03-22 14:19 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)
日本橋高島屋で開催されていた、通称ベルばら展を16日に見てきました! 
(本名は『デビュー50周年記念 池田理代子 ―「ベルばら」とともに—』である)

さっと見て帰るつもりが、いや~~~、素晴らしかった!! じっくり見て、時間がいくらあっても足りない! もう東京での開催は終わってしまったので、横浜の開催にもう一度いくつもりだ。

高校生のころ、リアルタイムで読んでいた『ベルサイユのばら』は、当時、先輩後輩、とにかく高校中の話題をさらい、毎週マーガレットの発売日の翌日にはベルばらの話で盛り上がったものだ。

ほかの漫画ももちろん話題になっていたが、それは長くなるので割愛。

今回のベルばら展は、一人で見たのだが、ああ、漫画家の友達と一緒に見たかった! 年代ごとに背景がどんどん濃くなっていく。人物も手塚治虫、水野英子系のペンタッチと輪郭から、どんどん同時代の漫画家の影響を受けて、頬っぺたの形や鼻の描き方、まつ毛の描き方が変わっていく。原画を見て、年代あてクイズをやれば、きっと漫画家なら当てられると思う!

宝塚版ベルサイユのばらの衣装が展示してあり、これは撮影可だった。
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ほかにも写真があるけど、きょうのところはこのへんで。
横浜の展示、だれか一緒に行きませんか~。



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by akaboshi_tamiko | 2017-03-21 23:43 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)
映画「しゃぼん玉」を見て、あんまり感動したので、追加記事。

この映画は、なんの予備知識もなく見ても問題なく面白く、感動するけど、平家の落人伝説を知ってみると、さらにいろんな想像が膨らむと思う。
映画の中でも説明はしてあるけど、これから見る人、すでに見た人、どちらでも平家の落人伝説を絡めるとより面白くなるかも、と思っている。

なぜ椎葉の民は平家の落人を受け入れたのか、なぜ大八郎は椎葉に残ったのか。
というようなことを、私なりに解釈した漫画を描きました。(以前、延岡市から頼まれた県北の神話と伝説を漫画にしたときのものです)
この解釈と、イズミが椎葉村に現れて、受け入れられるまでが重なるのだ。

椎葉村に伝わる平家伝説、読んでみてください。イズミと重なるところはまたあとで。
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椎葉村では、このように古い伝統を守り、それはただ単に文化の継承というだけでなく、環境を守ることにもつながっています(その話はまた違う項目で)。

ここからはネタバレあります。




追手から逃げてきた平家の落人をかくまったように、しゃぼん玉でも、椎葉村の人たちはイズミのいろんな過去をわかったうえでかくまってくれるんじゃないのかな…というような想像が、映画を見ながらふと浮かんだ。

かつて大八郎が「貧しい村」だと思い、山の暮らしの手伝いを始めたとき、それはどれだけ山人の生活に役立ったことか。椎葉の村人たちはどれだけ大八郎を頼りにしたか、離したくないと思ったか。
それがイズミと重なったのだ。

八百年以上の時を経て、今の山村は過疎と高齢化によって限界集落と呼ばれている。
その中で、若いイズミは働き手として、多大な感謝をもって受け入れられた。

イズミと大八郎は意外にも重なっている部分がある。
そう思うと、やっぱり、ここは椎葉村だし、大八郎が鶴富姫と結ばれるようにイズミもあの子と結ばれるのかな…
そして幸せに暮らすのだけど…。そのあと追手がくる…… なんて、大八郎のストーリーになぞらえながら映画を見てしまった。
結果的にこの見方は、とてもハラハラドキドキして、映画がより面白くなったような気がする。

そして、その追手は・・・・

おっと、これ以上書くと完全なネタバレになるのでやめておきます。

とにかく見てきて、そのあとでいろいろ話しましょう!! コメント欄に非公開で書いてくれてもいいですよ。FBのほうでもいいし!
よろしく~。



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by akaboshi_tamiko | 2017-03-18 02:14 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)
映画「しゃぼん玉」を観てきた。

通り魔や強盗傷害を繰り返していたイズミが、逃避行の果てに宮崎県の山奥、椎葉村へたどり着く。
椎葉村は私の生まれ故郷、日之影町の近くだ。

最初は、「宮崎の雄大な風景」や「知っている町や人が出ている」といった、郷土愛がらみで見たいと思った。
きっと風景に感動するだろうなあ、という気持ちで映画館へ行ったのだが、感動したのはそこではなかった。
ラスト近く、涙があふれて止まらなかった。心を揺さぶられるセリフの一つ一つ。

それは、最初のシーンからの積み重ねがあるからこそ、そのセリフが心に沁みるのだと思う。小さなエピソードの積み重ね、細かな演出の積み重ね、いろんなことが層になって重なっているからこそ、イズミの心の中が直接、観客に伝わってくる。セリフというより、生身の人間が絞り出す言葉になっていた。

見終わってから2~3日経ったのに、いまだに「いい映画だったなあ」とか「泣けたよねー」という感想を話している。

宮崎県人だから風景や料理の映像にはほかの地域の人よりは思い入れが強いけれど、そこだけじゃなかった。
人と人との関係によって、人は変わる。

いや、変わるのではなく、自分の中にある別の何かが出てくるのだと思う。誰もが持っているいい心、悪い心、弱い心、寛大な心、いろんな心を持っていて、それが閉じ込められている人、素直に出てくる人、人それぞれだと思う。

これ以上書くと延々とネタバレを書きそうになるので、映画の公式サイトを見て判断してください。
多くの人に観てもらいたい映画でした。ぜひ映画館へ足を運んでみてください。きっと感動します!



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by akaboshi_tamiko | 2017-03-17 03:27 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)

絶対添削される俳句

今日もプレバトの俳句コーナーを見ながら晩御飯。

夏井先生の批評や添削をいつも面白く聞いている。
それを聞いたからと言って俳句がうまくなるわけではなく、ただルールが何となくわかってきたかな? という程度。

今日のお題はひな祭りの写真を見て一句、だった。
うまい俳句は作れないけど、絶対ダメダメな俳句は作れそうだ。

桜舞う雛祭りにはちらし寿司
どうだ! 桜という春の季語、ひな祭りという春の季語、寿司という夏の季語が入ったトリプル減点の俳句だっ!
しかも、桜が舞うという、擬人化! 才能なしの人が必ずやる、木の葉や花弁が「舞う」という擬人化を頭に持ってくる凡庸さ!

ひな人形 お内裏様に見つめられ
どうだ! お内裏様って、一対のひな人形だそうで、ひな人形がお内裏様に見つめられてどうすんだよ、って感じ。何も言ってないのと同じ、スカスカの句だっ!

ぼんぼりの光り明るき祭りの夜
ぼんぼりの光ときたら明るいのは当たり前でしょうがっ。明るくない光があったら持って来い、ってもんですよ。(と夏井先生なら言いそう。)
ぼんぼりの光が明るく見えるのなら夜ってこともわかるでしょうが。

とかなんとか、夏井先生に叱られそうな句ならどんどん出てくる。
(そんなことして何になる…と思いつつ、手垢にまみれた擬人化とか重複した意味とか、季語を何度も使いまわすとか、そういう禁じ手ばかり使ってみるのがちょっと面白くて)

みなさま、こんな逆バージョン、覚えなくていいですからね。ちゃんとした句を作ってみたいのに、作れない私のささやかな楽しみですから…。


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by akaboshi_tamiko | 2017-03-03 00:12 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)
今日は用事で出歩いて疲れたので、夜は映画「グリーンカード」を見ることにしました。
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あらすじは、園芸家の女性ブロンティが、素晴らしい温室付のアパートに住むために偽装結婚するところから始まる。
そのアパートは、既婚者じゃないとダメ、ということだったので。

相手はフランス人、世界中を放浪しているアーティストのジョージ。アメリカに滞在したくて結婚してグリーンカードをもらいたい。という、利害が一致した二人が偽装結婚。

ラブコメとしてのストーリーは、ドタバタあり、笑いあり、ちょっと切ないシーンありで、軽く楽しめるストーリーだけど、随所にある、90年代のエッセンスが、好きなのだ。

ニューヨークに住むブロンティの環境意識がちらほら見えて、クスリと笑える。グリーンゲリラというボランティア活動をしている同僚たちがベジタリアンだったりとか、デカフェとシリアル好きなところとか。90年代のナチュラル志向がよく伝わってくる。

そこへフランス人のジョージがこってりしたフランス料理を作ったり、本物のコーヒー(ジョージ談)をいれたり。アメリカの健康志向、ヨーロッパの不健康な物でも美味しけりゃいいじゃん志向。

ブロンティの親友の両親(超コンサバな上流階級の人たち)のパーティでは、芸術の話や環境の話で盛り上がる、というシーンもクスッと笑える。絵に描いたような芸術の話と環境話。90年代っぽ~い。

そういう細かなところにクスッと笑える演出があって、なかなか楽しい映画だと思います。
最後は、ハッピーエンドというにはちょっとほろ苦い部分もあるけれど、でも、いい結末。

ホッと一息つきたいとき、棚から引っ張り出して見る映画です。



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by akaboshi_tamiko | 2016-03-19 23:59 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)

三丁目の夕日のセーター

先月、BSで「三丁目の夕日」をやったのを見ました。うちにもDVDがあって、ときどき見ます。

昭和30年代の東京。建設途中の東京タワーが見える街並み、小さなオート三輪車ミゼット、集団就職の中学生たち。

風景をリアルに再現するために時代考証がしっかりなされていて、風景のCGもすごく話題になった映画でした。

さて、この映画に出てくる子供たちは、毛玉だらけのセーターを着ています。
日本中がまだ貧しくて、新しい服をとっかえひっかえ着られるわけではない時代、そういう時代の表現として、毛玉だらけのセーターを着ているんだけど...。

毛玉があれくらいたくさん出るというのは、アクリルのセーターでしょうか。
でも、あの当時、アクリルのセーターはあったのかなあ?

私が子供時代、まさに昭和30年代~40年代初めには、アクリルのセーターは着たことがなく、すべて純毛のセーターでした。
「純毛」というと、すごく豪華な感じがするかもしれないけど、いやいや、当時は化繊がなくて、羊毛で作るしかなかったんです。

そして、毛のセーターは、毛玉ができません。
まったくできないかというと、まあ編み方とか毛糸の撚り方で出来る場合もあるとは思いますが、まず、できません。

毛玉は、繊維がねじれて玉になったもの。繊維が強いとなかなか千切れず本体に残ってしまいます。
アクリルなどの化学繊維はすごく強くて丈夫なので、毛玉が落ちず、セーター本体に残ってしまうのです。

羊毛などの天然繊維は繊維が弱いので、毛玉が出来てもすぐに千切れてしまい、セーター本体に残りません。だから毛玉がないんです。

ねじれて玉になった繊維が落ちていく、ということは、セーターの肘とか袖口とか、薄くなります。だから、昔の子供は袖や肘が薄くなったセーターをよく着ていました。
私の持っていたセーターも、肘がスケスケになるくらい薄くなったものとかありましたねえ…。

その穴に継ぎを当てたり、小間物屋さんのおばさんに編み直しを頼んだりして着たものです。

だから、昭和30年代の裕福ではない暮らしなら、毛玉より薄くなったセーターのほうがリアリティあるなあ、なんて思いながら見ていました。

でも、東京と、宮崎の山奥の小さな町、しかも昭和30年代ですから、売られているものにタイムラグがあります。

というわけで、ちょっと検索してみたら、アクリル繊維が日本で生産開始されたのが1957年だそうです。

東京タワーが完成したのが1958年。映画では建設途中なので、1957年の風景。
アクリル繊維の生産が始まった直後の話なので、やっぱりアクリルのセーターや、アクリルの毛糸玉は東京では売られていたのかもしれません。

でも、私の子供時代は、山奥の小さな町だったので、まだアクリルのセーター(既製品)は売られてなかったように記憶しています。
周りの友だちも、多分みんな、アクリルのセーターなんてハイカラな物は着ていなかったような…。

なんだか、いろいろ子供の頃のセーターやマフラーを思い出してきました。
毛糸の匂いとか、首に当たる感触とか、友だちが着ていたセーターのデザインとか、いろいろ思い出すなあ...。
小学校の頃のことが、セーターをきっかけにどんどん頭に湧いてきます。

やっぱり三丁目の夕日は昭和のスイッチが入りますね。
セーターだけで、いろんなことが書けそうです。
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by akaboshi_tamiko | 2016-02-12 14:15 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)
西村京太郎の鉄道ミステリーは、なぜか根強い人気があって、駅のキオスクでもよく売られているし、ドラマもよく再放送されている。

今日、その再放送のドラマをちらちら見ながら、夫がぶつぶつ何か言っている。

なんで殺人するのに鉄道に乗らなきゃならんのだ。
オレみたいに電車がキライな人間は、十津川警部、絶対捕まえられんな。電車使わんからな。

「十津川警部! 事件です!!」

「何!? 東京、札幌間が2時間!? 一体どういう電車を使ったんだ!!」

「十津川警部!! 飛行機です!!」

「あっ、私は飛行機はわからん... 」

ほらな、オレにはかなわんだろ。むはははっは。


以上、夫が自分で声音を使って一人芝居していたところを実況中継いたしました。
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by akaboshi_tamiko | 2016-01-23 19:36 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)

紅白アレコレ

今年の紅白、忘れないうちに印象に残ったところをアレコレ。

フィナーレの場面。徹子さんの司会っぷりと、森進一の額のあたり。
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トリの松田聖子ちゃん。昔からのパフスリーブのドレス、印象的。ピンク、フリル、レース、リボン、どれもこれもアイドルの象徴。永遠のパフスリーバー、聖子。
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そして、黒柳徹子さんのスカートのふくらみ。
あのふくらみの下にはこういう歩行介助用の椅子が入っているのではないか、というのがうちの推理。
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徹子さん、うちの義母と同じ82歳。義母の場合は歩行を手伝う人がいないと難しい。
私の実母は89歳で、82歳の時は一人で歩いていたけど、長い時間だと杖が必要でした。

そんな状況を見ていると、徹子さん、あの長時間の仕事は、介助用器具がないと難しいと思います。
そして、歩いているとき、周りの人たちがそっと背中を押しているのを見て、これは中に何か入っている! と思ったわけです。

こういう自立歩行器具ができるのは、高齢者にとっていいことです。介護用補助器具の進歩のために、徹子さん、頑張ってね!
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by akaboshi_tamiko | 2016-01-01 18:41 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)
映画バックトゥザフューチャー(BTTF)に出てくる未来が2015年。今年はまさにその2015年だったおかげで、いろんなBTTFのイベントがありました。

テレビでもまとめて再放送されて、このところずっと観てました。
BTTFの1は1985年製作で、車型タイムマシンの燃料はプルトニウム。核融合システムを使ったタイムマシン。

そして、BTTF2では2015年にタイムトラベルするわけですが、その時の燃料は生ごみ。うーん、忘れてたけどデロリアンは核エネルギーからバイオマスエネルギーに進化していたんだ!

そして、BTTF3では、エメット博士は1885年へ飛ばされてしまいます。それを追って過去へ行くマーティ。
あれこれあって、未来へ帰ろうとすると、1885年当時は、デロリアンの速度を上げるためのガソリンがまだない! で、どうしたかというと、蒸気機関車に押させるという技を使います。

その蒸気機関の燃料効率を上げるためにエメット博士は薪を圧縮した燃料(これもバイオマスエネルギー!)を作っています。

この当時(1885年)はまだガソリンもないので、簡単に手に入る材料ですごいエネルギーを出すものを作るには、薪しかない、という時代なんだけど、石炭よりももっとハイカロリーな燃料にしあげているのが、バイオマスエネルギー好きな私としては嬉しいです。

ラスト、1985年へ戻ってきたマーティの前にまたエメット博士が未来からやってきます。その時乗っていたのが蒸気機関車型のタイムマシン。これもおそらくバイオマスエネルギーを使っているはず。バイオマスなら過去へ行っても燃料がないとか、ガソリンが出来るまで待たねばならないということがないし。

そんな、バイオマスエネルギーに関する夢にあふれた2と3。制作されたのが1990年というのにはちょっと意味があるのかな。
チェルノブイリ原発事故が1986年ですから、その4年後に制作された映画だと、やっぱり核エネルギーをバリバリ使うよりもバイオエネルギーに行くのは当然だったのかもしれません。

バイオマスエネルギーは、この映画で表現されているほど万能ではないけれど、でも、将来、ものすごいエネルギーとなるかもしれないという夢、そういう夢を語ってくれる映画は、やっぱり楽しいものです。

こういう映画を見て、将来そういうエネルギーを開発しよう!と思ってくれる若い研究者がどんどん出てきてくれないかな。日本は、鉄腕アトムを読んで科学者になった人が多いんですからね! 
若者よ、映画を見て理系に進んでください。よろしく~!
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by akaboshi_tamiko | 2015-12-29 21:06 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)