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漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko

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スイカシャーベット

今年の夏にたくさん買ったスイカは、皮は煮物にして、実はジュースにして凍らしてシャーベットにしておいた。
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こうやってザクザク切ったスイカをミキサーにかけてジュースにするのだ。

それを密閉容器に入れて冷凍。
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このまま冷凍だと、がっつり固まって食べにくいので、2時間くらい経って半分くらい固まったらフォークでザクザク突き刺して細かく砕いておく。2時間後にまた砕く、という作業を2~3回やるとふんわりしたシャーベットができる。

スイカを丸ごと一個買っても、皮は炒め物や煮物、実はシャーベットにするので、全然困らなかった。
ちなみにこれが仕分けしているところ。
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この写真の日付を見たら、7月13日だった。
この夏、シャーベットを作っておいてよかった。

入院中の義母にもっていったら、おいしいおいしいといって食べてくれた。
義母はスイカが一番の好物なので、スイカがなくなったこの時期でも食べさせることができた。真冬でも食べさせられる。真冬に、食べてもらえるだろうか……



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by akaboshi_tamiko | 2016-10-29 21:18 | 飲む食べる | Trackback | Comments(2)

別れの日、晴天。

今日は午前中はいい天気だった。

そら吉を庭に埋葬し、お別れをした。近所の石田さんが自分の家の庭から菊の花を切ってもってきてくださった。

秋の日差しがさんさんと降り注ぐ中、そら吉を見ると、まるで生きているように、毛並みもつやつやしていた。

元気な時は、こんなに元気だったのに。
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羽根はたきを振って音を立てると、そら吉は耳をピッと立ててすぐに追いかけてきて、壁もするすると登って行った。

ここ2か月近く食事がうまく取れなくて、最後の3週間は点滴と、二回だけ食べてくれたほんの少しのキャットフードだけだったから、背中ががりがりに痩せて、小さくなっていた。

だけど、本当はけっこう大きな猫だった。
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この写真は、読売新聞の取材で撮っていただいたもので、封筒に入って本棚に入れてあったのを忘れていたものだ。

そら吉がなくなってから何気なく本棚を見たら黄色い封筒があって、これ、片づけなきゃと思って開けてみたら、そら吉と私の写真が入っていて、びっくりした。そういえば、こんな写真撮ってもらったんだった!

そら吉はきっと幸せだったんじゃないかな…。この写真を見るとそう思う。楽しそうな写真もたくさんあるし、10歳とは短い生涯だったけど、私の中ではほかの猫と同じくらいの重さの思い出がある。
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そら吉は幸せな生涯だったと、思います。
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たくさんの方に励ましの言葉、お悔やみの言葉をいただきました。ありがとうございました。私も新野も、本当に励まされ、ありがたかったです。


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by akaboshi_tamiko | 2016-10-23 21:56 | ペット | Trackback | Comments(0)

猫が2匹になりました

そら吉が、今朝10月22日午前4時半ごろ息を引き取りました。

お見舞いの言葉や励ましの言葉をくださった方々、どうもありがとうございました。
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by akaboshi_tamiko | 2016-10-22 19:31 | ペット | Trackback | Comments(0)

そら吉その後

風邪をひいたらしいそら吉を病院に連れて行ったのが9月の初旬。
その後、よくなったり悪くなったりを繰り返した。血液検査をしてみると、コロナウイルスによる病気ということが判明した。(これが10月初旬)

インターフェロンの注射でウイルスの活性を弱め、猫の免疫を上げる、という治療をとりあえず1週間続けることになった。

最初は何の変化もなかったけれど、6日目(10月15日)に食事をとってくれて、ああ、インターフェロンの効果が出たんだ! と私は一人で大喜びしていた。今まで暗くて涼しいところに潜り込んでいたそら吉が、障子の前の日の当たる暖かいところに来るようになったのも、いい兆候だった。
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インターフェロンのサイクルの最後の日(7日目)の夜はスープ状のキャットフードを一パック食べて、これでもう大丈夫! と思った。完治とまではいかないだろうけど、寛解状態にはなったんだ、とホッとしていた。

しかし、その後、また食べなくなった。今まで喜んで食べていたフードを、温めて出したり、食べる真似をして出してみたり(友達の家の猫が水を飲まないときに、飼い主が飲む真似をして出したら飲んだ、というのを思い出してやってみた)。いろいろやったけれど、顔を背けていやがってしまう。少しなめても吐いてしまうし、歩くのもよろよろになってしまった。

不思議なことに、ここ数日は、いつも一人でいるのが好きだったそら吉が、なんとなく私たちのいるほうへよろよろと近づいてくる。それでキャスターに乗せて仕事場にいるようにした。
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おとといの夜、猫ベッドにそら吉がいないので探したら、なんとそら吉は夫の布団の中に自分で潜り込んでいた。

2012年にムーちゃんが亡くなったとき、亡くなるその数時間前に、ムーは夫の布団に入ってきて、顔と頭をぺろぺろなめて、それから自分の猫ベッドに戻っていったのだ。朝、私たちが起きて猫ベッドを見たら、猫ベッドに体を半分預けてなくなっていた。

最後のあいさつに来たのかなあ、、、。

そんなことがあったから、おとといの夜、そら吉が夫の布団に入ってきたのは、不吉な予感がした。
「もう、明日の朝、病院に連れていくのはやめたほうがいいかも…」と、夫と二人で話をしたのだが、とりあえず連れて行って、相談することにした。
インターフェロンは終わっているけれど、脱水症状にならないよう、病院で点滴を打ってもらっていたのだ。

昨日の朝、ケージに入れるため持ち上げるのもかわいそうになるくらいぐったりしたそら吉を連れて病院へ行き、いろいろ相談してきた。

一時、すごくよくなったように見えて、食べてくれたのは、快復の兆しというよりも、とてもまれな驚きの症状だったという。

昨日の点滴を最後に、あとはもうやめることになった。先生も、それでいいでしょうと。万策尽きて、あとは静かに見守るしかない状態。連れて帰ってきてから、ずっと一緒に静かにしている。
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昨日の夜は、私の布団にも入ってきた。嬉しかった。

朝までじっとしているのかと思ったら、布団から出て机の下に隠れたりもする。よろよろと足を滑らせながら数センチ動くので、布団に敷いていたペットシーツが外れてしまう。
それでもしばらく一緒に寝ていたのだけど、ふと目が覚めたら、そら吉は布団におもらしをしていた。

夜中だったけど、近所のドラッグストアにいってペット用おむつを買ってきた。
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健康な猫なら体をなめてきれいにするし、普段だったらおむつをつけると嫌がって外そうとするけれど、もう毛づくろいの力もなく、おむつをしても嫌がらないので、このままにしている。ペットシーツを持って追いかけて、体を持ち上げたりしなくて済むので、こっちのほうがそら吉にとっても楽かもしれない。

あと数日、、、だと思うけれど、一緒にいて、触ってあげることにしている。嫌がらない程度に。



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by akaboshi_tamiko | 2016-10-21 15:06 | ペット | Trackback | Comments(0)
小池百合子都知事とバッハIOC会長の階段で、バッハ会長が「知事と私たちはすでに同じボートに乗っている。今後とも緊密な協力で大会を大成功させたい」と発言。

これをどうとらえるか、各テレビ局、各番組でいろんな意見が出ていた。

TBSの「ひるおび」ではMCの恵俊彰さんが「同床異夢ということもありますしねえ」と言っていた。

むむ、私は「呉越同舟」ではないのか? と思っていたのだが…。

どうしょういむ
【同床異夢】 同じ仲間うちでありながら、異なった考えを持つこと。

ごえつどうしゅう
【呉越同舟】 仲の悪い者同士が一所にいる、または共通の目標で協力すること。



恵さんの言うように「同じボートに乗っている二人」の関係を「同床異夢」ととるなら、オリンピック関係者という同じ仲間だが、ボートの試合会場は二人とも違う場所を考えている。ということになるのかな。

バッハさんは海の森で。小池さんはもっと安くできるところで。…という風に考えているように読める。これには「協力する」という意味はなさそう。

同床異夢だと、違う考えを持ち続ける、というような感じで、バッハさんはどうあっても海の森を進める、という感じ。

一方、私は「同じ船に乗っている二人」を「呉越同舟」と思った。これだと「仲の悪い同士=ボート会場に関して違う考えを持っている二人」が、共通の目的であるオリンピックを成功させるために協力する、という意味。

バッハさんは海の森でやりたい。小池さんは会場変更を進めたい。反目する二人だが、オリンピックを成功させるために協力する。成功させるためには予算削減は欠かせない。だから、安い方を選ぶ、という意味になる……と、私は個人的に考えている。甘いかな…。

(バッハさんは特になんらかの意味をもたせてboat という言葉を使ったのではないと、私は思っている。これからボート会場の話もするわけだし、単なる挨拶の言葉として、語呂合わせというか、会話の接ぎ穂としてボートという言葉を出しただけではないかと思う。で、その「同じボートに乗っている二人」をどうとらえるか、というのは、見ている人の感じ方によって違ってくる。呉越同舟であってほしいけど、いろいろ見ていくとやっぱり同床異夢かなあ。)

でも、本当にこれからオリンピック、どうなるのだろう?

この騒動で、海の森の予算がまた見直しになって安くなったりしている。そんなどんぶり勘定でいいのか、と思うけど、安く上がればオリンピックの成功と、オリンピックそのものの存続にもいいことだ。

安くあげられる、という実績を示さないと、ほかの国でも立候補する市が出てきにくくなる。(実際、もう、東京の後のオリンピック、候補地が出てない)

オリンピックを成功、存続させるためには、考えが違っても協力しあうことが大事だし、いったん決めたことを翻すのはよくないとはいえ、そういう勇気も持たないと。

それから、立候補するとき、どんぶり勘定で安く見積もるのもやめましょう!と言いたい。それって結局ウソじゃん、ねえ。




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by akaboshi_tamiko | 2016-10-19 18:27 | 時事 | Trackback | Comments(2)

ソララが食べた!


そら吉の病気は予断を許さないもので、私と夫は、今週か来週には別れが来るのではないかとひそかに思っていた。

まったく食べなくなって1週間は軽く経つ。水も飲まない。どんどんやせていく。
先生も「あまりストレスをかけないようにしたほうがいいでしょう。餌も無理して食べさせるとストレスになりますから」と言うくらいだった。

水分補給とインターフェロンの治療のために毎朝、病院で点滴を受けている。まずは1週間、インターフェロンを投与してみて、様子を見ることになっていた。

最初の数日は何の変化もなく、目は曇っているし、全然食べないし、これはもうダメかと思っていた。でも、今朝、6日目の治療を受けたとき、いつもより動きが活発になっていた。

これはもしかしてごはんを食べるかも?
と思い、皿にペースト状のフード(通称チュルチュル)を、チューブの4分の1くらい出したら、なんと、それを少しずつなめて食べたではないか!!
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びっくり!! & 感動!!

日本アニメ史に残る感動の名セリフ、「クララが立った!」を超える感動の言葉、「ソララが食べた!」、いえ、「そらが食べた!」を高らかに宣言したい!!

チュルチュルを全部は無理かなと思ったけれど、半分くらい出したら全部食べたので、さらに出してあげると、それも食べた。チュルチュルのチューブ全部を出したら、ほんの少し残して食べるのをやめた。結局、チューブの8割くらいは食べたことになる。こんなに食べてくれたのはもう2週間ぶりくらいかも!

昨日まで暗い涼しいところにいたそら吉が、陽の当たる障子際の暖かいところに来ている。これも回復の兆しだと思う。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でも、まあ、まだまだ予断は許さない状況ではある。私は昨日、今日の状態で、ものすごく楽観しているのだけど、先生も夫も、私ほどは楽観はしていないようだ。

それでも、食べてくれたことは嬉しい。コマちゃんみたいに20歳までとは言わないけれど、あと数年、数か月でも楽しく生きてくれればうれしい。
今年10歳になったのだから、来年の3月3日の11歳の誕生日を迎えられるよう、食事に気を付けてあげようと思う。







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by akaboshi_tamiko | 2016-10-15 12:38 | ペット | Trackback | Comments(0)

どの医者がいい?

このところ病院づいていて、いろんな病院に通っている。

義母が入院した病院で、私の指先のひび割れを診てもらうことにしたのだが、先生は指先をちらりと見ただけで「薬出しますよ」と言うだけだった。
むむ、この先生、診もしないで!と思ったのだが、処方された薬はちゃんと私の望む成分も入っていたし、つけたらどんどん良くなっていった。

「診もしないで!」と思っていたのが、「一目見ただけで診断がつくなんて名医じゃん!」となった。まあ、症状を見て、こういう症状ならこういう薬、という経験則があるんだろうな。

しかし、それでも、「見るだけじゃなくて、もう少し詳しく見るふりでもしてくれたらよかったのに」と夫に愚痴ったら、「だけどなあ、患部を見せたら『うーーーーーん…』と言われるのもなあ」と言う。

夫の場合、太ももにできた赤い斑点を診てもらったとき、先生は「うーん…。なんでしょうねえ…」と絶句したのだそうだ。結局、金属アレルギーだったのだが、初めて見たらしく、ものすごく迷っていたらしい。

それに、検査のために皮膚を少し切って生研に出すとき、先生はメスを入れながら「あっ!!」と声を漏らしたのだそうだ。

パッと見るだけの先生。
「うーーーーーん」と迷う先生。
「あっ!」ともらす先生。

さあ、どれがいい??

究極の選択、かな。



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by akaboshi_tamiko | 2016-10-13 23:26 | つれづれ日記 | Trackback | Comments(0)

ムーちゃんとそら吉

ムーちゃんは1994年5月20日に群馬県で生まれた。
私の友人の、そのまた友人の実家が獣医さんだったとかで、交通事故にあった猫を治療しているとき、手術台の上で3匹の子猫が生まれてきたのだそうだ。獣医さんたちが里親探しに奔走し、群馬県から東京、東京から千葉の私の家にも電話がかかってきて、もらってくれないかと頼まれたのだった。

伝手を頼って、三毛猫のムーちゃんがうちへやってきたのは生後7日目の94年5月27日。胸ポケットに入るくらい小さな小さな猫だった。

うちに来てから10歳を超すころまで特に病気もせず、健康に過ごしていたのだが、そのころからおなかが弱くてよく下痢をしたり粗相をするようになった。ほかの猫の餌まで奪って食べるくらい食欲旺盛で、食べ過ぎ(だとその時は思っていた)でちょくちょく下痢をし、トイレ以外の場所で粗相をするのでとても困った。

そのころはなぜそんなに粗相するのか訳が分からず、卑しいねこだなあ、とか、思っていたのだが、実はこれは甲状腺ホルモン異常という病気だった。
猫のホルモン異常http://akaboshi.exblog.jp/13692128/

この病気は、代謝が異常に活発になるので食べてもおなかがすぐ空くらしい。そしておなかが緩くなって便の回数が増える。食べるとものすごい下痢をする。下痢を止める注射をしてもらったり、ホルモン剤を飲ませたり、食事を変えたり、いろいろしたけれど、食べても食べてもムーちゃんは餓鬼のようにおなかをすかせていた。下痢しない程度の食餌では全然足りず、空腹のあまりトイレの砂(木製)を食べていたこともあった。

そんなにおなかがすいていたのなら、下痢してもいいから食べさせればよかった。でも、大量に下痢するし、それも怖くてできなかった…
病気が分かってからは、いろんな治療を受けさせたけど、2012年1月13日、17歳と8か月で亡くなった。

亡くなってから、うちはどの猫も庭に埋葬しているのだけど、お墓に毎日、好きだった猫缶を開けて、まるごと土に埋めてあげた。好きなだけ食べていいよ、もう下痢しないからね…と。人間の葬儀と同じ考えをしてもいいものかわからないけれど、四十九日がすむまで続けた。ムーちゃんの空腹が少しでも解消してくれたらいいな…と。これで気が済んだわけではないけれど、病気に気づいてあげられなかった数年があるので、その時の罪滅ぼしだと思っている。

そして、いま、そら吉が病気になった。血液検査の結果、コロナウイルスが陽性となった。コロナウイルスはたいていの猫がもっていて、発症する猫としない猫がいるらしい。

そら吉はすでに発症してしまった…。食欲がなく、ずっと食事をとってくれない。最初は右目だけ曇りが出ていたのに、今は左目も曇ってきた。インターフェロンの注射をして、ウイルスを抑制しているのだけど、めきめきよくなるというわけではない。今後、どういう治療をするべきか、どうしたらいいか、毎日、夫と二人で話し合っている。

そら吉は生まれたとき未熟児で、一日持たないのでは、と周りが恐れたくらい虚弱だったそうだ。
そら吉の生まれたときhttp://akaboshi.exblog.jp/25458533/
子猫用のミルクをスポイトで口に入れてもらって命をつないだという。

その話を獣医さんにしたら、「それだと初乳を飲んでいない可能性がありますね」と言われた。
人間も、全く何の免疫力も持たないまま生まれてきた赤ちゃんは、母親の初乳を飲んで、母親の免疫力をもらうという。自分の免疫力がつくまでの数か月は、それで感染症を抑えたりするという。

コロナウイルスは免疫力が落ちていると発症するという。初乳の持つ免疫力の効果はとっくに切れている時期ではあるけれど、やっぱり飲んでいないのは、ちょっと弱いのかなあ、、、なんてことも考えてしまう。

ムーちゃんも生後7日目でうちに来て、生まれたとき母猫は交通事故で手術中だったし、初乳を飲んでいないかもしれない。初乳の免疫効果は一生続くわけではないけれど、飲んでいたらちがっていたのかなあ、なんて、考えても詮無いことを考えている。

ムーちゃんのときは空腹で空腹でかわいそうだった。

そら吉は食べてくれなくて困っている。温めて匂いを強くしてみたり、好きなフードをあれこれ出しているけれど、なかなか食べてくれない…。何かいいアイディアはないでしょうか。



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by akaboshi_tamiko | 2016-10-13 00:05 | ペット | Trackback | Comments(0)

病院で過ごした一日…

義母が10日未明に大腿部を骨折し、救急車で運ばれ、入院。今日は手術だった。
「手術の説明などをするので、病院へ来てください」という電話があったのは今朝の8時半。
猫の世話をしてあたふたと病院へ着いたのが9時20分。

医師の説明があるまで部屋で待機していたのだが、私は自分の指先のひび割れをついでに皮膚科で診てもらおうと、受付をした。私が受付に行ったのが9時50分頃。書類にいろいろ書き込んで、皮膚科の前で待つ。これが1時間半くらい。

ようやく皮膚科の先生に呼ばれて診察してもらい、会計が終わったのが11時半頃。ふ~、長かったなあ、もう義母の手術の説明は終わってるかな、と病室へ行くと、まだ説明終わってなかったという…。

新しい病院で空いていると思ったけど、やっぱり大きな病院は待つんだなあ…。9時20分には来てたのにねえ。

結局、そのあとすぐに看護師さんが「これから先生が説明します」と知らせに来てくれた。説明は11時50分くらいから。手術のリスクと効果、リハビリのことなどを聞く。手術は13時半から、1時間ほど。麻酔の覚める時間も入れると2時間くらいか、という。いろいろ説明を受けて終わったのが12時15分頃。

病院内のコンビニでおにぎりを買い、昼食。

昼食後は、何もすることがなく、手術が終わるのをただ待っているだけなので、夫は自宅へ帰り、雑用と仕事の連絡など。それとそら吉を病院へ連れて行って点滴とインターフェロンの注射という大仕事がある。

私は万が一のための病室待機。
コンビニで買った本を読みながら義母の手術が終わるのを待つ。
16時ちょい前に義母が病室へ戻ってきた。元気で麻酔も覚めて意識もはっきりしているが、足の感覚が鈍くなっているようだった。

新野に電話を入れたら、16時からそら吉を病院へ連れていき、点滴と注射をしてもらったら病院へ来るというので、それまで待つ。点滴だから時間がちょっとかかるのと、義母の入院したのは成田なので、結構時間かかる。
かなり待って、新野が来て、病院を出て軽く食事して家へ戻ってきたら19時過ぎていた…。ずーーーっと病院で時間を過ごした一日だった。

まあ、私の指先も診てもらって薬ももらったし、一石二鳥ではあった。
でも、待つだけの一日はやっぱり疲れたなー…。

義母にはこれからリハビリを頑張ってもらわねば!

しかし、手術から戻ってきた直後、ひざから下の感覚が無いようで、ちょっと心配だ。
考えてみたら、10日の朝から入院して、ずっと寝たきり。骨折部を動かさなければ痛みはないそうなので、じっと寝ているだけで、それがもう36時間以上続いているわけである。

仰向けで寝ていると、かかとがベッドにずーっとくっついたままで、かかとの血行が悪くなり、痛くなることがある。私が入院したときも手術後2日目はかかとが赤くなり、痛みが出た。少し動かせるようになるとその痛みもなくなったけど、入院中、同室の人たちは、かかとの下に敷く丸いドーナッツ状の小さなクッションを使う人もいた。

義母ももう丸々二日近くかかとをベッドに密着させているので、かかとも痛かろう。ドーナッツクッションを作って持って行かねば。
と、靴下にパンヤを入れて、とりあえずかかと載せを作ってみた。
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やわらかめに作ったので、なんとかフィットするとは思う。気に入るといいんだけど、義母の好みはなかなかうるさいので、使わないかもしれない。でもまあ、明日持って行こう。


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by akaboshi_tamiko | 2016-10-11 20:42 | 健康/美容 | Trackback | Comments(0)

コロナウイルス

うちの猫のそら吉の具合がよくならないので、病院へ連れていくと、新たな検査をして、コロナウイルスが陽性という結果が出た。

コロナウイルスに感染している猫は多いらしい。でも症状が出るか出ないかはストレスやその猫の体力などが大きく関係しているとのこと。

猫伝染性腹膜炎(FIP)について、こんな記事があった。

コロナウイルスに感染し突然変異が起こってから実際に発症するのは、感染猫の10%に満たないといわれていますが、発症すると根本的な治療が難しく、致死率も高い病気です。
なお、3歳までの猫と10歳以上の猫での発症率が高くなっています。

参考サイトhttp://nyanpedia.com/post-694/

まだ有効なワクチンができていないので、インターフェロンの皮下注射が治療法の一つらしい。

先月からそら吉は体調が悪く、何度か病院へ通い、脱水症状も起こしていたので点滴を受けに毎日通院していた。その間に血液検査の結果が出て、コロナウイルス感染が確実になった。

今度はインターフェロンの注射で毎日通うことになった。

と、動物病院へ毎日通っているところへ、、、、

今朝未明、義母が転倒して大腿部骨折、入院、手術ということになった。

救急車で運ばれて、いろいろ説明を聞き、家に戻ってきたのが朝の5時。その後ちょっと寝て、義母の介護保険のことなどでケアマネに連絡したり、義母の病院へ行って手続きしたり、着替えを持って行ったり(その間、私は家で仕事)、戻ってきたら猫を動物病院へ連れて行ったりと、病院、病院の一日だった。

これが、このあとまだ続く…


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by akaboshi_tamiko | 2016-10-10 17:55 | ペット | Trackback | Comments(0)