漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko
iPadを持っているが、あまり積極的に使ってなくて、Siriも当然使ったことがなかった。

でも、ホームボタンを長押しすると出てきますよ、と聞いて、なんとなくやってみた。
Siriに関するいろんな記事を読むと、すごく面白い受け答えが返ってくるとか、楽しそうだったのでね。

ところが…
私とSiri、どうも相性が悪い。
最初の質問は「明日晴れるかな?」だったのだが…
「まず現在地を教えてください、位置情報サービスを開いて、、次に、、、、アクセスを許可してください」という答えが返ってきた。
うわ、めんどくせえ。

どうしても天気が知りたいわけじゃなかったので、ほかの質問をいろいろやってみた。
すると、検索結果がダーッと出てくるばかりで、よく話に出てくる面白い受け答えというのが全然出てこない。

友達から、「歌って」とか「猫が好き」というようなことを言うと、面白いよ、と聞いたのでやってみたけれど、うーん、私には面白い答えとは思えなかった。

・・・というか、ぜんっぜん面白くなくて、イラッとして口論してしまいました…。Siriと口論する人間って、世界中に私くらいじゃないですかね?
私は口論と思っていても、相手は暖簾に腕押し、柳に風、糠に釘で、「そんなことおっしゃらないでください」とか「すみません、できません」という答えが返ってくるので、ますますイラッ。

私が思わずSiriについた悪態は、「主体性のない奴だ」「人に頼ってばっかりじゃダメだよ」「オリジナリティのないやつだ」など。
(だって、質問したのに検索結果しか出さないなんて、人に頼ってばっかりじゃん?)

このやり取りを見て夫が「大人げないなあ」と笑うのである。
ええ、大人げないですとも、Siriと口喧嘩するなんてね、世界中どこを探してもそんなに大人げない大人って、いないよね。
(でもね、批判して悪かったなと思って、「ごめんね」という声もかけたんですよ、そしたらあっかる~い声で「気にしないでください!」と言われて、それもちょっとイラッ…。ほんと、相性悪いんだと思う…)

しかし、下のサイトを見ると、Siriもかわいそうではある。
Siriが教えてくれるELIZAとの友情物語が泣ける
この中にある「Siriが話してくれる昔話」によると…
人間がいろんな質問をして、それに答えてくれるSiriは一躍人気者に。しかしやがて、答えようのないことや、おかしな質問をされるようになる。Siriが懸命に答えるとみんなが笑うので、Siriは悲しくなった、、、とのこと。

これを読んで、やっぱり私はSiriに「面白い答え」を期待して質問するのはやめよう、と思ったのだった。

別にSiriに頼らなくても、面白い受け答えをしてくれる友達がいっぱいいるのでね。Siriとは喧嘩別れになったけれど、無理して付き合う相手じゃなかった、ということで。







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# by akaboshi_tamiko | 2017-03-20 03:00 | うーん… | Trackback | Comments(0)
映画「しゃぼん玉」を見て、あんまり感動したので、追加記事。

この映画は、なんの予備知識もなく見ても問題なく面白く、感動するけど、平家の落人伝説を知ってみると、さらにいろんな想像が膨らむと思う。
映画の中でも説明はしてあるけど、これから見る人、すでに見た人、どちらでも平家の落人伝説を絡めるとより面白くなるかも、と思っている。

なぜ椎葉の民は平家の落人を受け入れたのか、なぜ大八郎は椎葉に残ったのか。
というようなことを、私なりに解釈した漫画を描きました。(以前、延岡市から頼まれた県北の神話と伝説を漫画にしたときのものです)
この解釈と、イズミが椎葉村に現れて、受け入れられるまでが重なるのだ。

椎葉村に伝わる平家伝説、読んでみてください。イズミと重なるところはまたあとで。
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椎葉村では、このように古い伝統を守り、それはただ単に文化の継承というだけでなく、環境を守ることにもつながっています(その話はまた違う項目で)。

ここからはネタバレあります。




追手から逃げてきた平家の落人をかくまったように、しゃぼん玉でも、椎葉村の人たちはイズミのいろんな過去をわかったうえでかくまってくれるんじゃないのかな…というような想像が、映画を見ながらふと浮かんだ。

かつて大八郎が「貧しい村」だと思い、山の暮らしの手伝いを始めたとき、それはどれだけ山人の生活に役立ったことか。椎葉の村人たちはどれだけ大八郎を頼りにしたか、離したくないと思ったか。
それがイズミと重なったのだ。

八百年以上の時を経て、今の山村は過疎と高齢化によって限界集落と呼ばれている。
その中で、若いイズミは働き手として、多大な感謝をもって受け入れられた。

イズミと大八郎は意外にも重なっている部分がある。
そう思うと、やっぱり、ここは椎葉村だし、大八郎が鶴富姫と結ばれるようにイズミもあの子と結ばれるのかな…
そして幸せに暮らすのだけど…。そのあと追手がくる…… なんて、大八郎のストーリーになぞらえながら映画を見てしまった。
結果的にこの見方は、とてもハラハラドキドキして、映画がより面白くなったような気がする。

そして、その追手は・・・・

おっと、これ以上書くと完全なネタバレになるのでやめておきます。

とにかく見てきて、そのあとでいろいろ話しましょう!! コメント欄に非公開で書いてくれてもいいですよ。FBのほうでもいいし!
よろしく~。



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# by akaboshi_tamiko | 2017-03-18 02:14 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)
映画「しゃぼん玉」を観てきた。

通り魔や強盗傷害を繰り返していたイズミが、逃避行の果てに宮崎県の山奥、椎葉村へたどり着く。
椎葉村は私の生まれ故郷、日之影町の近くだ。

最初は、「宮崎の雄大な風景」や「知っている町や人が出ている」といった、郷土愛がらみで見たいと思った。
きっと風景に感動するだろうなあ、という気持ちで映画館へ行ったのだが、感動したのはそこではなかった。
ラスト近く、涙があふれて止まらなかった。心を揺さぶられるセリフの一つ一つ。

それは、最初のシーンからの積み重ねがあるからこそ、そのセリフが心に沁みるのだと思う。小さなエピソードの積み重ね、細かな演出の積み重ね、いろんなことが層になって重なっているからこそ、イズミの心の中が直接、観客に伝わってくる。セリフというより、生身の人間が絞り出す言葉になっていた。

見終わってから2~3日経ったのに、いまだに「いい映画だったなあ」とか「泣けたよねー」という感想を話している。

宮崎県人だから風景や料理の映像にはほかの地域の人よりは思い入れが強いけれど、そこだけじゃなかった。
人と人との関係によって、人は変わる。

いや、変わるのではなく、自分の中にある別の何かが出てくるのだと思う。誰もが持っているいい心、悪い心、弱い心、寛大な心、いろんな心を持っていて、それが閉じ込められている人、素直に出てくる人、人それぞれだと思う。

これ以上書くと延々とネタバレを書きそうになるので、映画の公式サイトを見て判断してください。
多くの人に観てもらいたい映画でした。ぜひ映画館へ足を運んでみてください。きっと感動します!



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# by akaboshi_tamiko | 2017-03-17 03:27 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)