漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko
映画「しゃぼん玉」を見て、あんまり感動したので、追加記事。

この映画は、なんの予備知識もなく見ても問題なく面白く、感動するけど、平家の落人伝説を知ってみると、さらにいろんな想像が膨らむと思う。
映画の中でも説明はしてあるけど、これから見る人、すでに見た人、どちらでも平家の落人伝説を絡めるとより面白くなるかも、と思っている。

なぜ椎葉の民は平家の落人を受け入れたのか、なぜ大八郎は椎葉に残ったのか。
というようなことを、私なりに解釈した漫画を描きました。(以前、延岡市から頼まれた県北の神話と伝説を漫画にしたときのものです)
この解釈と、イズミが椎葉村に現れて、受け入れられるまでが重なるのだ。

椎葉村に伝わる平家伝説、読んでみてください。イズミと重なるところはまたあとで。
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椎葉村では、このように古い伝統を守り、それはただ単に文化の継承というだけでなく、環境を守ることにもつながっています(その話はまた違う項目で)。

ここからはネタバレあります。




追手から逃げてきた平家の落人をかくまったように、しゃぼん玉でも、椎葉村の人たちはイズミのいろんな過去をわかったうえでかくまってくれるんじゃないのかな…というような想像が、映画を見ながらふと浮かんだ。

かつて大八郎が「貧しい村」だと思い、山の暮らしの手伝いを始めたとき、それはどれだけ山人の生活に役立ったことか。椎葉の村人たちはどれだけ大八郎を頼りにしたか、離したくないと思ったか。
それがイズミと重なったのだ。

八百年以上の時を経て、今の山村は過疎と高齢化によって限界集落と呼ばれている。
その中で、若いイズミは働き手として、多大な感謝をもって受け入れられた。

イズミと大八郎は意外にも重なっている部分がある。
そう思うと、やっぱり、ここは椎葉村だし、大八郎が鶴富姫と結ばれるようにイズミもあの子と結ばれるのかな…
そして幸せに暮らすのだけど…。そのあと追手がくる…… なんて、大八郎のストーリーになぞらえながら映画を見てしまった。
結果的にこの見方は、とてもハラハラドキドキして、映画がより面白くなったような気がする。

そして、その追手は・・・・

おっと、これ以上書くと完全なネタバレになるのでやめておきます。

とにかく見てきて、そのあとでいろいろ話しましょう!! コメント欄に非公開で書いてくれてもいいですよ。FBのほうでもいいし!
よろしく~。



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# by akaboshi_tamiko | 2017-03-18 02:14 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)
映画「しゃぼん玉」を観てきた。

通り魔や強盗傷害を繰り返していたイズミが、逃避行の果てに宮崎県の山奥、椎葉村へたどり着く。
椎葉村は私の生まれ故郷、日之影町の近くだ。

最初は、「宮崎の雄大な風景」や「知っている町や人が出ている」といった、郷土愛がらみで見たいと思った。
きっと風景に感動するだろうなあ、という気持ちで映画館へ行ったのだが、感動したのはそこではなかった。
ラスト近く、涙があふれて止まらなかった。心を揺さぶられるセリフの一つ一つ。

それは、最初のシーンからの積み重ねがあるからこそ、そのセリフが心に沁みるのだと思う。小さなエピソードの積み重ね、細かな演出の積み重ね、いろんなことが層になって重なっているからこそ、イズミの心の中が直接、観客に伝わってくる。セリフというより、生身の人間が絞り出す言葉になっていた。

見終わってから2~3日経ったのに、いまだに「いい映画だったなあ」とか「泣けたよねー」という感想を話している。

宮崎県人だから風景や料理の映像にはほかの地域の人よりは思い入れが強いけれど、そこだけじゃなかった。
人と人との関係によって、人は変わる。

いや、変わるのではなく、自分の中にある別の何かが出てくるのだと思う。誰もが持っているいい心、悪い心、弱い心、寛大な心、いろんな心を持っていて、それが閉じ込められている人、素直に出てくる人、人それぞれだと思う。

これ以上書くと延々とネタバレを書きそうになるので、映画の公式サイトを見て判断してください。
多くの人に観てもらいたい映画でした。ぜひ映画館へ足を運んでみてください。きっと感動します!



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# by akaboshi_tamiko | 2017-03-17 03:27 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(2)

絶対添削される俳句

今日もプレバトの俳句コーナーを見ながら晩御飯。

夏井先生の批評や添削をいつも面白く聞いている。
それを聞いたからと言って俳句がうまくなるわけではなく、ただルールが何となくわかってきたかな? という程度。

今日のお題はひな祭りの写真を見て一句、だった。
うまい俳句は作れないけど、絶対ダメダメな俳句は作れそうだ。

桜舞う雛祭りにはちらし寿司
どうだ! 桜という春の季語、ひな祭りという春の季語、寿司という夏の季語が入ったトリプル減点の俳句だっ!
しかも、桜が舞うという、擬人化! 才能なしの人が必ずやる、木の葉や花弁が「舞う」という擬人化を頭に持ってくる凡庸さ!

ひな人形 お内裏様に見つめられ
どうだ! お内裏様って、一対のひな人形だそうで、ひな人形がお内裏様に見つめられてどうすんだよ、って感じ。何も言ってないのと同じ、スカスカの句だっ!

ぼんぼりの光り明るき祭りの夜
ぼんぼりの光ときたら明るいのは当たり前でしょうがっ。明るくない光があったら持って来い、ってもんですよ。(と夏井先生なら言いそう。)
ぼんぼりの光が明るく見えるのなら夜ってこともわかるでしょうが。

とかなんとか、夏井先生に叱られそうな句ならどんどん出てくる。
(そんなことして何になる…と思いつつ、手垢にまみれた擬人化とか重複した意味とか、季語を何度も使いまわすとか、そういう禁じ手ばかり使ってみるのがちょっと面白くて)

みなさま、こんな逆バージョン、覚えなくていいですからね。ちゃんとした句を作ってみたいのに、作れない私のささやかな楽しみですから…。


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# by akaboshi_tamiko | 2017-03-03 00:12 | 読んだ観た聴いた | Trackback | Comments(0)