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赤星たみこの戯言・放言・虚言日記♪ akaboshi.exblog.jp

漫画家・赤星たみこの日記です。 


by akaboshi_tamiko
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美術とエコ

私の書く日記のエコ関連記事には、すぐにレスがつく。ブログやミクシーだけでなく、新聞の連載エッセイにもすぐにレスがつく。私はやっぱり「エコの人」だとみなされているんだなあ、と思う。

しかし、私は本業は漫画家で、美術ネタの日記もよく書く。しかし、こちらにはなかなかレスがつかない。なぜだろう、私はどちらも同じくらいわかりやすく書いていると思うのだけど。

ある人は、「美術関連だと、高尚な感じがするので、くだらないことを書くと恥ずかしい、と思うんじゃない?」と言う。 「知識に自信がないと恥ずかしいのでは?」というご意見もあった。

だけど、どんなものでも、知識に自信がないと恥ずかしく感じるものだ。 私だって数学者と数学の話しをしようとは思わないし、そんな記事にコメント欄があっても付けられない。でも、美術の分野だと、好きか嫌いかだけで話が出来るのに…。 (てゆーか、私自身、そんなに知識無いから。たいていはちょこっと聞きかじったことの受け売りとか、その程度だ)

知識が無くても話は出来る、それが美術だと思うのだけど。「これは好き、こっちは嫌い。これはエッチな感じ、これは全然欲情しない」とか、そんな風な感じでいいのになぁ。

もちろん知識があったほうがより楽しめる場合もある。だけど、無くても楽しめるのが美術なのだ。知識がないと楽しめない分野の美術も確かにある。だけどそんなのは「なんでこの作者はこれを描いたのだろう?」という疑問をぶつければいいのだ。疑問を呈することも、コメントの一つになるのに、その疑問すらもなかなかつかない。

しかし、エコのほうは違う。すぐコメントがつく。みんな楽しげにコメントを付けてくれる。疑問点を聞いてくるコメントもある。

楽しげなコメントも、疑問のコメントも、とにかくすぐつくのは、私の書くエコ話は、身近で誰もが思い当たる節があるネタが多いからだと思う。
掃除はこれこれこうすれば効率的で、環境にいいですよ、とか。料理はこうすれば美味しくて省エネになりますよ、という生活に根ざしたネタがメイン。

やっぱり、美術は生活に根ざしていないのかもしれない。「必需品」では無いのかも。
ドラマとか、漫画とか、そういうものもアートの一つの分野だと思うけど、そっちはすぐコメントがついたり、話題がもりあがったりする。それはやっぱりそのドラマや漫画が身近なのだ。

絵画や彫刻になると、急に【身近感】が消えるのは、教科書で教わったからかも?

教科書に出てくるような言葉で美術を語ると、確かに遠くなるなぁ・・・。
これが美術教育の弊害の一つてやつ?
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Commented by 黒豆 at 2010-11-24 09:15 x
なぜ、エコの話題にはコメントがつきやすいのに美術の話題にはコメントがつきにくいのか…。
それは、「体験値」の違いかなあと思います。
つまり、エコの話題は、自分の経験と共通項が多いので、文章や画像だけでも自分の意見が出しやすい…でも、美術の話題となると、たとえ記事中にその作品の画像が貼ってあっても、やはり実物を見ながら(またな見たことがある)考えるのと違って、もうひとつ自分の考えがあたっているのか自信が持てない部分がある。
二人、一緒に同じ作品を見ながらあれこれ言い合うのと、パソコン上の画像をひとりで見て考えるのとでは、かなり条件が違うのでは?と思います。
Commented by ミーさー at 2010-11-24 09:23 x
 私の場合は、実物を見ていないと、コメントできないなあ、というのがあります。菊池契月「供燈」についても、なるほどなあ、ここ(http://bunka12.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=89736)の画像を見ると、真っ平らに置いたほうが、柱が浮き出してみえるんじゃないか、などとも思ったのですが、やっぱり実物を見ないと分かりませんから。

 でも、どうでしょうねえ、その展示会行きました、ってなコメントなら出来ても、作品一つ一つについてとなると、なかなかむつかしいかも。

 絵の正面に陣取ってから、やおら音声ガイドを聞き始めるのはやめて欲しいとか、展示の先頭にある解説文に人が群がるのは、なんだかもったいないし、おかしいなあ、なんてコメントなら出来るんですけどねえ。

>教科書に出てくるような言葉で美術を語ると、確かに遠くなるなぁ・・・。

 教科書で教える、というのに無理があるのかも。実物を見ないと。
Commented by akaboshi_tamiko at 2010-11-24 22:38
★黒豆さん
「体験値」の違い、とは、私の言う「身近かどうか」ということだと思います。
身近じゃないものは、なかなか発言できないですよね。

あと、「私のエコの話」には、すぐレスがつくのは、私の読者にはエコの人が多い、ということもありますね。
私のネット上の読者は、「赤星たみこ、イコール、エコの人」という認識の人が多いのでしょう。(漫画家としてはちょっと寂しい話ですが)
Commented by akaboshi_tamiko at 2010-11-24 22:55

★ミーさーさん
菊池契月の実物を見ていなくても、ネット上の画面でコメントしてくださったし、遠近感もちゃんと伝わっています。あれは平面で見ると柱が手前に浮き出てくるよう、太く、木目も大きく描いてあります。でもそれは【屏風絵の特質を生かした遠近感の出し方】ではないですが。

私は田舎の山奥育ちで、二十歳になるまで美術展に行ったことは1~2回しかありません。だから、実物を見ることの出来ない地域に住んでいる人にも、美術の楽しさを伝えるには、教科書も一つの大きな助けになると思っています。
教科書や図鑑の果たす役割は大きいと思います。子供のころ、百科事典で見た東西の名画、特に薄物が裸の胸に貼り付いている女性の絵ははっきり覚えています。(おませさん、でしたね~(*^_^*)

ただ、大人に教えるときも教科書的な言葉遣いをするのはやめて欲しいなあと思います。教科書を使う年代(中高生)には、「その絵を描いたとき、この作家は勃起していただよ」なんて、授業では教えづらいでしょうしね(≡^_^≡)
Commented by ミーさー at 2010-11-25 19:26 x
>菊池契月の実物を見ていなくても、ネット上の画面でコメントしてくださったし、

いや、これはしたくないコメントをあえてしたという事ですので。
by akaboshi_tamiko | 2010-11-24 02:50 | アート系 | Trackback | Comments(5)