草間彌生、まさかの
というニュースを聞いて、こんな絵を描いてみた。
草間彌生、絵になるわ~。
でも、草間彌生が水玉じゃ当たり前すぎる。
まさかのしまカフェはどうだ?!
島カフェじゃなくて、縞カフェね。
いや、まさかまさかの無地カフェは!?
ちょっと甘い色合いの無地カフェ。
甘い色だからあまカフェと言ってもいいけど。でも、まあ、無地でシンプルに。
でもね、この無地カフェ、小さなカフェをたくさんオープンさせて、ひとつひとつはシンプルだけど、空から見たら水玉になってる!という凝ったものにしたらいいのにね!
な~んて話をして、お盆休みは過ごしました。あとはな~んにもなかったなー。
あ、いや、友達と映画見に行って屋形船に乗ったわ。
って、けっこうエンジョイしたお盆休みでした。
私は草間彌生さんの水玉モチーフや作品をかわいいともてはやす最近の風潮に違和感を感じています。
彼女の作品は狂気や執念みたいな物が核だとずっと思っていたので、
その辺を見ない振りして彼女のキャラを表面的に面白がっているような気がするのです。
それとも世間はそれらも混みで楽しんでいて彼女もそれで良しとしているのかなぁ・・・。な~んて堅苦しく考えすぎですね(-_-;)
ともあれ、作品が多くに受け入れられるのは芸術家としては嬉しいですよね。きっと。
草間彌生さんの作品にはどれもすごい執念が宿ってますよね。芸術家は、やはり心のどこかに狂気を秘めているものなのでしょうか・・・。
ところで、先日、テレビで見た草間さんは、みんながカフェに来てくれることを嬉しそうに話してました。そして、水玉が無かったら死んでいたただろう、という発言も。ある種の芸術家にとっては、作品を作るのは「治療」だったり「癒し」だったり、自分を支える力になったりするんですよね。
そんな自分の作品が受け入れられるのは、きっと嬉しいことでしょうね。