なんで、なにで それって何?
なにでいきますか?
友だちのバイト先でこんな言葉遣いをする若いコがいるそうです。
Aさん、私の友だち。40代女性。B君、大学生。
Aさん「○○を160gで6個作ってください」
B君「はい」
しばらくして
B君「○○はなんでいきますか?」
この文脈だとどう聞いても○○を作る道具のことを聞いているように思えます。
Aさんは○○を作る道具(ボウルとか、桶とか)の説明をしたら、B君は怪訝な顔をして黙っているのだそうです。
Aさん「もしかして何グラムか、ってこと?」
B君「あ、あ、、はい」
Aさん「何グラムなのか、というのが聞きたいのなら、そう言ってくれないとわからないから。なんでやりますか、だと道具だと思うよ」
B君「はぁ・・・・・」(あまり納得していないようす)
B君は以前にも同じようなことがあって、Aさんが「▼▼を10個作ってください」と頼んだら、やはりしばらくして「▼▼はなんで行きますか?」と聞いてきました。
その時も、道具かと思って説明したら、実は個数を聞いていたんだそうです。
こういうわけのわからない聞き方をされるので、困ったAさんは、B君と同じ年代のCさん(大学生の女性)にちょっと相談したら、、、、なんと、Cさんは
「それって、若者言葉なんですかねー? 私には違和感ないです」という反応!!
こういう文脈で「なんで行きますか?」という聞き方をされたら、グラムや個数を聞いているとわかるのって、若者だから??????
で、あれこれ考えて、私はAさんに尋ねました。
「その子たちって、どの道具を使うかを訊ねるときはどうやって聞いてる?」
するとAさん、
「そういうときは『なにで行きますか?』ですかね?」と。
そ、それだ!!
若いコたちは、グラムや個数のときは「なんぐらむ」「なんこ」と言うので、「なんでいきますか?」はグラム(または個数)のことだ、と区別しているんじゃない??
Aさん、驚愕の表情!
「あああああ! そうかも!!!」
確かに、なにグラムとか、なに個とは言わない!! グラムや個数の時は、絶対「なん」ですわ!!
道具の時も「なんでいきますか?」と言うことはあるんだけど、きっと彼ら(若いコ全般とは言わない。そのバイト先の若いコたち)は、「なんで」をグラムや個数に取っておいて、道具類に関しては「なにで」と使い分けているのではないか。
いや~、、、そんな使い分けしなくっても…。
ちゃんと「これ、何グラムで行きますか?」と聞いてほしい。グラムという言葉を省かないでほしい。じゃないと、間違いの元だから。仕事場では言葉は省略しない方が無難なんだから。
その前に、何グラムで何個と指示されているんだから、あとから聞きなおすなよとか、「~~で行きますか?」じゃなくて、「何グラムで作りますか?」と正しく聞いてほしいとか、そういう突っ込みもあるけど、ま、そこまで言うと、口うるさいおばさんになってしまうので、それは言わないでおきましょうかね。
追記
フェイスブックで、この記事に対するコメントがたくさんついて、それがとても興味深いので、付記しておきます。
https://www.facebook.com/tamiko.akaboshi/posts/883796198326541?pnref=story
FBって、時間経つと検索が全然ダメなんだもんなー。こうやって記録しておくとイイネ!
書き込みありがとうございます!
そうですか、周りの若いコたちも理解できなかったんですね。これは、Aさんのバイト先特有の、バイト方言かもしれませんね。
小さなコミュニティだけで通じる方言、ですねえ。
私も「何々で行く」という言い方には交通手段を思い浮かべますが、「単刀直入に行こう!」とか、「ざっくばらんに行こう!」という言い方なら、まだなんとかついていけます。でも「何グラムでいきますか?」は、確かに気持ち悪いです!
若者と話すことがないので驚きました。
そんな使い方ってあるんですね。「ら」抜きや「で」抜きで驚いていてはいけない…のか。
ところで「なんで」は「なぜ」の意味でも使いますよね。
昔、有吉佐和子さんが公害についての中国取材の際、「なんでこれは…」と質問すると、材料や原材料の答えが返ってくるので、通訳が未熟なのかと不安を覚えたそうです。
が、考えたら通訳者は「なんで」は「何」の意味としてとらえていたのだと気づき、「なぜ」「なにゆえ」に質問を切替たらスムーズに話が進んだとか。
学者は言葉は生き物で、刻々と変わっていくのは当たり前と言いますが、使いにくく意味が通らない場合は困りますね。
ホントに、この使い方、かなり特殊らしく、すべての若者が使っているわけではなさそうです。そのバイト先特有の方言なんだとは思いますが、それにしても、それを当たり前だと思っている人が何人かいる、ということが驚きでした。
「言葉は生き物だから変わっていくのは当たり前」と考える人も、確かにいますが、それってどうなのよ?と思います。
きちんと国語を教えて、言葉の根幹を教えつつ、ルールを保持しつつ、それでも変わるなら、それは変わる必要があったのだと思います。でも、若者言葉をなんでもかんでもすべて受け入れるのは、それは若者に迎合しすぎ、だと思いますねー。