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足してらっしゃるでしょ、クスッ

ある原稿を書いて送ったところ、意味が分からないという問い合わせの電話がかかってきた。

これは、日常的に食器を洗っている人なら、私のたとえ話でなんとなくわかることなのだけど、食器洗いをあまりやっていない人には実感がわかないことなのだと思う。

私の言いたいことは、必要な石鹸量より少なめの石鹸を使うと、汚れと石鹸が中途半端に結びついた、マヨネーズ状のネトネトしたもの「酸性石鹸」ができてしまうので、それを落とすのにさらに石鹸が必要になるということだ。

この石鹸と汚れが結びついた酸性石鹸、というのは、石鹸も汚れも、どちらも物質なので、重さがある。重さと重さは足すことができる。

では、5gの石鹸と5gの汚れを足せば10gの汚れ(酸性石鹸)ができるかというと、ことはそう簡単ではない。食器を洗っている現場では、当然そこに水があるし、石鹸と脂が結びついて流れていくものも当然ある。酸性石鹸として残るものもある。※1

また、食器洗いとなると、汚れの種類が多種多様で、家庭ごとに毎回違う。
カレー皿についた汚れ、冷ややっこを食べた皿の汚れ、豚のばら肉を盛りつけた皿の汚れ、どれも違う。同じグラム数だとしても、汚れの落ち方が全然違うし、石鹸の必要量も違ってくる。

だから、5g足す5gで10gの酸性石鹸がお皿に残留しますよ、なんてことは当然言えない。

pHや温度は足すことができない。pH4の物質とpH5の物質を足したらpH9になるなんてことはあり得ない。その物質の量も関係してくるし、pHの計算には対数を使う。

でも、そんな細かなことを指摘し始めると、訳が分からなくなって「石鹸って使うのがめんどくさい」と思われるのがオチだ。だから、そこまで詳しくは言及せず、たとえ話をすることにしている。詳細は省いて。
(この詳細を省くことの是非は、まあ、、、、きちんと説明しないといけないことではあるのだけど、対数だの、pHだの、石鹸の原料の油脂の話だの、そこまで言及するとたいていの人はめんどくさくてこんがらがる。なので省いているんだけどね…。科学的にはちょっとまずいのだけど、言いたいことが伝わればいいや、と思って…)

で、私が、詳細を省いて講演なんかでこんな話をする。
「例えば、の話ですが、5の汚れを5の石鹸で落とせるのに、4の石鹸しか使わない場合、5+4で9の酸性石鹸ができると思ってください。5とか6の石鹸を使えば全部きれいに落ちたはずなのに、少なく使うと別の余計な汚れ、酸性石鹸が発生するので、9の汚れを落とすのにまた石鹸が必要になります。そうならないためにも、必要と思っている量よりちょっと多めに使うほうがいいんです」というようなことを話すわけだ。※2

すると、漠然と「石鹸の使用量を減らしてどこが悪いの?減らしたほうが環境にいいじゃん!」と思ってた人も、「そうか、減らすと余計な汚れができるのか。それを落とすのにさらに石鹸が必要になるのか・・・」と、実際にネトネトを体験している人にはすんなり腑に落ちてくれるようだ。

ところが、これが意味が分からないと指摘を受けた。「これは重さのことですか?」と。

確かに5の汚れと5の石鹸って、グラムなのかなんなのか、私はあえて単位を入れなかった。だって5gの汚れでも、それが獣脂なのか植物油なのかケチャップなのかお酢なのかで、pH もべっとり具合も変わるし、落としやすさも変わってくるし。大まかな「汚れ」がそこにある、ということをイメージしてほしかったのだ。日常的に食器を洗うひとにはイメージしやすいと思う。

で、私は「これは重さですか?」と聞かれたときに、「重さも入っているけれど、汚れとは重さだけでは表せないpH や粘度や洗う時の水温なども入ってくるので)厳密には重さではないです」と、括弧内の青字部分を省いてうっかり答えてしまった。
でも、もちろん、物質なので、重さと重さを足す、という部分もあるのだ。※3

しかし、うっかり「重さではない」と言った言葉がずっと質問者には残っていたらしく、このあとの話で、質問者はどうも、私がpHを問題にして、pH を足していると勘違いしたようだった。

そして私が説明をすると、くすっと笑って、「ああ、なんとなくわかりましたよ。でも、足してらっしゃるでしょ?」と。

だ~か~ら~、汚れと石鹸は物質だから重さがあるよ、重さと重さを足してどこが悪い!ビーカーの中での実験なら、そこに石鹸と汚れが混じったものが実際残るじゃないか。その汚れが油汚れがきちんと分解されて水に流れやすい形になっているのか、汚れがネトネトしたマヨネーズ状のものになっているのかは汚れの種類と、水の量や温度や石鹸の種類などの条件によって違うけどね。その条件って、ほんとに千差万別。だからそこをきっちり説明するのは、すごく大変なのだ。

という説明をしようにも、もう彼は私がpHを足すような計算をしていると思い込んで、ずっと私に「くすっ」と笑って接してくれた。

その後、請求書を出すとき名前の説明をしてくれたのだが、「えっと、わかるかな、カタカナのネじゃないほうの」と教えてくださった。
私が「しめすへん」と「ころもへん」を知らないと思ったのだ。なんせpH を足すような計算をする女だからな、と思ったのでしょう。

「えっと、わかるかなぁ? カタカナのネじゃないほうの」と言われたとき、はぁぁぁぁ…とため息をつきそうになったけど、まあいいよ。
いい教訓だった。誰かと話すとき、「えっと、わかるかなあ」という言葉は言わないほうがいいと、よくわかったしね。

まあ、私も言い方が悪かった点が多々あるのは認めている。うっかり「重さではないです」と言ってしまったし、「5の汚れと5の石鹸」という言い方は、確かに理系の人にはかえってわかりにくい言い方になる、というのはバリバリ理系の人と話をしてのちに学んだし。

例えばだけど、言い換え例として、
「例えば、xgの汚れを落とすのにygの石鹸量が必要だとします。でも、yよりやや少なめの量、y-a=zgの石鹸を使ったとします。そうすると、x+zの酸性石鹸ができます。」と書いたらわかるかなあ?
偉そうなこと書いてるけど、私は基本根っからの文系だから、理系の人に説明をするのは、基本苦手ではあるんですけどね・・・



※1(ビーカーの中で実験するのであれば、計算できっちり求められると思うけど、食器洗いの現場では条件がたくさんありすぎて、食器の表面にどれだけ酸性石鹸が残留するかは、簡単には計算できない)

※2(最初の5の汚れが豚の脂だとして、4の石鹸と混じって重さだけは9の汚れになったとしても、これは石鹸が混じっている分、最初の豚脂だけよりは落としやすい。…というようなことは講演ではちょっと話すけどね。でも、汚れは汚れ。落としやすかろうが落としにくかろうが、べっとり広がった汚れは厄介。厄介度は広い汚れのほうが高いこともある。と、まあこれは人それぞれか)

※3(家事係数のところでも書いたけど、汚れを落とすには、いろんな係数をかけないといけない、、、というのは、普段家事をやっている人には何となくわかっていることじゃないかなあ?と思う。掃除や食器洗いなどで汚れを落とすのは、重さだけじゃない、面積だけじゃない、ということは、言わずもがな、という感覚があったので、うっかり省いてしまったのだった)
by akaboshi_tamiko | 2016-09-21 02:59 | 石けん/洗濯 | Trackback | Comments(0)