うーん、忖度って、当て推量で相手の気持ちを推し量る、ということですが、今の意味だと、推し量って、そのあとさらに、相手に対して有利に事が運ぶよう何かしてあげる、というところまで含まれてませんか?
例えばAさんが、Bさんの気持ちを推し量って、「おなかすいているんだろうな」と思って、相手に都合のいいように、もり蕎麦のみならずかけ蕎麦も注文してあげて、料金もはらってあげる、とかね。
でも、忖度という言葉には、推理した相手の気持ちに沿うよう、都合をつけてあげる、相手に有利になるようなことをしてあげる、というところまで含まれているような気がします。
( 名 ) スル
〔「斟」も「酌」も汲(く)む意〕
①相手の事情・心情などをくみとること。 「相手の立場を-して裁定を下す」
②手加減すること。手ごころ。 「採点に-を加える」
③条件などを考え合わせて,適当に取捨選択すること。 「虚心にこれを-商量すべきことなり/西国立志編 正直」
④遠慮すること。ためらい。 「 -せず推返(おしかえ)し言へば/五重塔 露伴」
そう思って、ちょっと検索したら、忖度と斟酌の違いについて面白いサイトを見つけました。
昔は斟酌もただ相手の事情や信条をくみ取ること、という意味だけだったのに、手心を加えて有利な計らいをしてあげること、というところまで意味がどんどん拡大していったんだそうです。
今、忖度で起きているのと同じ現象が、明治時代に起きていたんですね。面白いなあ。
言葉って、どんどん変化している、とはいえ、変化がすべて正しいということになると、言葉の意味がどんどん変わっていくような気がしますが、いいのかな。悪いのかな。