人気ブログランキング |

赤星たみこの戯言・放言・虚言日記♪

akaboshi.exblog.jp
ブログトップ

父の遺志

05/09/24/土曜
私の父は1920年、大正9年生です。今年85歳でした。
9月20日に亡くなりましたが、その前の日に、メモを残しました。
気管切開してのどにバルブを入れたおかげで言葉を発することが出来なくなったので、会話は筆談でした。

ここ数ヶ月は、ひとこと二言しか書かなかったけれど、ちゃんと読めたし、簡潔に要点を書いて、意思の疎通はとれていました。でも、最近は文字を間違うようになっていたのが少し心配でした。

19日、父が書いたメモは、字が乱れていてよくわからなかったけれど、じっくり見ると、おそらく、
「長」 「床」 「帰」 「テ」 「タ」 という文字がありました。

多分、「長く床について、帰りたかった・・・」というようなことが言いたかったのではないかと思います。

そしてその下に、これはしっかり読める文字で、「ホントーニ アリガトー」とありました。

父は、自分の死期を悟っていたのかもしれません。母に「ホントーニ アリガトー」とメモを残し、翌日、眠るように旅立ちました。

私が「環境」や「高千穂線存続」や「沿線の町の復興」を考えるのは、父の影響です。
父は昔から、日之影や西臼杵郡全体の発展を願っていました。
20年前から、シルバー人材の発掘や、退職した都会の方々を日之影に呼び寄せる事業のことなどを話していました。

日之影の自然を最大限にアピールした観光がうまく行けば、経済波及効果は計り知れない、ともよく言っていました。決して奇を衒わず、自然のものを自然のまま、昔ながらのものを大切にすることが観光につながる、と言う考え方をしていました。

20数年前、若かった私は、日之影の古いものを売り物にしてもダサいだけだ、なんて考えていました。
もっとおしゃれな都会的なものを作った方がいい、など考えたり・・・。年寄りはすぐに古いものを売り物にして、ダサい、ダサい。なんて・・・。

でも、今は父の考えがよくわかります。似非都会や似非アメリカのダサさが本当にわかるし、本物の日本、本物の田舎、本物の日之影がどれだけ素晴らしいか、今ならよくわかります。

私が、台風14号の災害のひどさを全国に知らせよう、と思ったのも、高千穂線の復旧を考えるようになったのも、父の遺志だったのかもしれません。

父の葬儀のとき、ご焼香に来てくださった方がみんな、「日之影のために、高千穂線は復旧して欲しい、そのためにがんばって欲しい」と言ってくださったのが忘れられません。

父の遺志は、私の中に少しずつ育っています。
トラックバックURL : https://akaboshi.exblog.jp/tb/3521420
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by ○○せやの孫 at 2005-09-25 01:56 x
ブログを見て驚きました。
「赤星のおじちゃん」といつも呼んでました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
Commented by fuxok at 2005-09-25 13:00
お父様のご意思がたみこさんの中に受け継がれていく事は、何よりもお父様の望まれる所だったのではないかと思います。お父様、きっと高千穂の空から笑って皆さんを見守っておられるのでしょうね。日之影の沢山の素敵な財産が大切にずっとずっと受け継がれていかれますように。人の人生はなんと偉大で、美しい事かとこの記事を読んで思いました。お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
Commented by akaboshi_tamiko at 2005-09-29 03:14
fuxokさん、孫さん、ありがとうございます。
父の遺志を、無理することなく、淡々と受け継いでいこうかな、と思います。「赤星のおじちゃん」は、無理せず淡々と生きてましたからね(^^)
by akaboshi_tamiko | 2005-09-25 00:49 | つれづれ日記 | Trackback | Comments(3)

漫画家・赤星たみこの日記です。 


by akaboshi_tamiko