漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko

「いただきます」って言ってますか?

06/02/03/金曜
今日は節分。恵方まきを買って来て昼に食べました。

さて、タイトルの「いただきます、って言ってますか?」ですが、友達がこんな記事をブログで紹介してました。

「いただきます」って言ってますか? 「給食や外食では不要」ラジオで大論争

《ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と》と言う話を、永六輔さんがラジオで紹介し、その番組に反響が多く寄せられた、とのこと。

いただきます、ご馳走様でした、と言う言葉は、お金を払っているから言わなくていい、というものではない、と私は思っています。

物を食べるということは、その「物」の命を、自分の体に入れて、自分だけ生かしてもらうこと。
それは仕方ないこと。自分が生きるために他者(大根やにんじんや卵や鶏肉や豚肉やお米や魚やかぼちゃやブロッコリーや・・・多くの他者)の命を奪っているのが動物です。

でも、本当に「奪っている」と言うわけではないと思います。

「いただいている」のだと思います。

「もらってる」でもなく、「取る」でもなく、「いただいている」。
何の感謝もなく、ただ取るのは「奪う」だけど、自分の命を延ばしてくれたのはこの食べものなのだ、という感謝の気持ちと、生かされているという謙虚さがあれば、「いただく」ということになるのだと、思います。

野菜や家畜や魚の命を、感謝しつつ、謙虚にいただいている。

それはどんな宗教もどんな思想も関係なく、自分の命を永らえさせるためにいただいているのは、万物が必ず持っている生命維持のシステムでしょう。

「いただきます」と言う言葉が特定の宗教行為になるとは思わないなあ。
胸の前で手を合わせる動作は、仏教やキリスト教にあるけれど、もっと詳しく言うと、宗派によってあわせる形は違うし、ただ手を合わせるのがイコール仏教だ、と決め付けるのは早計ではないかと思います。

私は自宅では「いただきます」と言います。口に出さないときも、、、ありますね。でも心の中では言ってますねー。一人暮らしのとき、忘れたこともあるけど。外食のときはおなかすいてて言うのももどかしく食べることもあるなあ。だけど、心の中では言ってるなあ・・・。

レジでお金を払うとき、お店の人に「おいしかったです、ごちそうさま」と言うときもあるし、おごられた場合はお金を払ってくれた人にも言います。自分で払う場合でも、お店の人に「作ってくれてありがとう」という意味で言いますね。

お金を払っているのだから言わなくていい、という思考にはならないなあ・・・。
それは、食べものの対価を支払っているだけで、食べものの命をいただいているという感謝と謙虚な気持ちがどこにも感じられないんです。

食べものと作った手間に対しての感謝の気持ちは、お金さえ払えばそれで終わりだと、もし思っているのなら、それは「人の心は金で買える」と言った堀江貴文よりすごい話だと思います。

食べものという命を「いただいた」感謝、そして作ってくれた人にはその手間やテクニックに対してはお金を払うという感謝の表現と、もう一つ、言葉でも感謝の気持ちを伝えるというのは、普通のことだと、昔の人はみんな思っていた・・・はずなんだけど。
私にとって、すごく不思議な人たちが増えていると感じました。古い人間だから? いや、古さというより、家庭内での文化の違い、という気もします。

私は自分の仕事や周りの人に対しては謙虚さがまったくない人ですが、食べものに関しては感謝と謙虚さを持っています。(食い意地張ってるからかな・・・)
だって、人間、食べないと死んじゃうもん。食べものさん、ありがとう、って思うよ、ホント。
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by akaboshi_tamiko | 2006-02-03 21:33 | Comments(6)
Commented by くみゅう at 2006-02-03 23:21 x
「いただきます」を、お金の支払い云々で考えてる方や、宗教的なものに感じてる人がいるっていうのが衝撃でした。どんな思考も感覚も人それぞれでしょうけれど…。
先生のように「食べ物さんありがとう」や「作ってくれた人ありがとう」。だから「いただきます」っていうのが、ごく普通の(かつ、美しい)感覚だと思うのですけど。うーん。
Commented by たんぽぽ at 2006-02-04 02:15 x
「いただきます」っていつも普通に言ってましたが、そんな考え方の人がいるんですね。びっくりです。
お金のことや、宗教的なこととは、また別のことだと思うのですが…。
私は、自分で作った物にも「いただきます」と言ってしまいますが、それは先生のおっしゃるように「食べ物さんありがとう」という意味ですし。
私にも、不思議な考え方の人が増えたと感じます。やっぱり古い人間なんでしょうか?うーん…
Commented by にゃおです at 2006-02-04 10:24 x
「いただきます」「ごちそうさま」
「ありがとう」
多分この三つを、子供に初めに教えました
宗教的でも、古いことでもなく・・・

人間として当たり前の言葉、だと思います
Commented by けやき at 2006-02-04 10:45 x
バス停でタバコのポイ捨てしている知人に「どうして灰皿に捨てないの?」と聞いたら…
「掃除の人がいるところでは捨てる。彼らの仕事になるから。」
と言われ、唖然としたことがあります。
理屈が通っていればそれでいいんでしょうか…。傲慢さを感じてイヤな体験でした。
わたしは理屈よりも感謝や、美しさを大事にしたいです。
Commented by サク at 2006-02-04 13:17 x
このような話があるということは、以前ちらっと聞いたことがあります。このようなことに限らず、最近は理解に苦しむようなことを行ってこられる保護者が多いということに驚きます。
宮崎の教育創造プランの中で「宮崎ならではの教育」という項目があり、その中で「当たり前のことが当たり前に」という言葉があります。「いただきます」「ごちそうさま」ということは当たり前と思っていましたが、そうは考えていない方もいらっしゃるのですね。何が当たり前で何が当たり前でないのか難しいものです。
変な物言いかもしれませんが、もし「いただきます」というのが宗教的なものというのであれば、公立学校でやる「クリスマス会」は完全にアウトのような気がするのですが…。
Commented by ダイアモンドクロス at 2006-02-05 19:55 x
“いただきます”は食べるものに対して、命を繋いでくれてありがとう♪それを作ってくれたひとにありがとう♪という意味だと思っていたので、そういう考えの人もいるのだと、以外・・・・というか、びっくりです。
小さなことにも感謝し、小さいことにも心を動かし幸せを感じて生きていくって大切なことのような気がするんですよね~~
お金の問題でもないし、宗教の問題でもない。
心の問題だと思います。
素直な心を大切にしていきたいですよね♪