漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko

カテゴリ:アート系( 52 )

先日、アメリカからやってきた4人の若者、漫画家の阿部ゆたかさん、イラストレーターの天野恭子さんと一緒に寺田克也さんの個展、寺田器波佐見焼セカンドショー に行ってきた。
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いやーとにかくかっこいい寺田さんのイラスト!(写真は風呂敷。このほかにイラストが焼き付けられた波佐見焼のお皿や器、Tシャツ、イラスト集などが売られていました。どれもかっこよくて、イラスト集にはかっこいいサインが入っていてお買い得でしたよ!)

さて、アメリカ人の4人というのは、イラストレーター、Tシャツなど衣類のデザイナー、写真家、コスプレイヤーという、みんなアート系の人たち。全員が寺田克也さんのファンであり、全員が日本のマンガが大好き。
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プロの日本の漫画家とイラストレーター(私、阿部さん、恭子ちゃん)と、アメリカ人の4人は日本の漫画について熱く語り合ったのだが、このとき、アメリカ人の4人からは「コミック」という言葉は一切出てこず、すべて「マンガ」だった。

そうなんだよね、今や海外では漫画は「マンガ」なのだ。
漫画家もカトゥーニスト(cartoonist)ではなく、マンガアーティストでOK。

彼らは本当にすごいマンガファンで、古いマンガもよく知っていた。
有名どころの漫画家の名前はほぼ網羅していて、あとは日本映画、日本アニメに関しても詳しかった。

しかも、アニメのタイトルだけでなく、監督の名前も次々に出てくるという、完璧さ!

古い漫画は私も当然知っているから話が分かりやすいんだけど、彼らはさすがに20代だけあって、私が知らないような最新の漫画もよく読んでいた。かえって私が彼らから情報をもらうという始末。ありがたい。

とにかく、彼らのマンガに対するリスペクトがすごくて、感動的な飲み会だったのだ。


ところで。
以前、このブログでも書いたことがあるけれど、どうして日本人なのにマンガのことをコミックと言う人がいるんだろう? 

40年前、私が漫画家になったころは、私の周りの漫画家の友人たちは、みんなマンガと言っていた。なのに編集長クラスの人たちがコミックと言ってたんだよなあ。

80年代半ば過ぎにはすでに大友克洋さんが海外で人気を博していたし、どんどん日本のマンガやアニメが広まっていく中、私と同世代の漫画家たちは「漫画でいいじゃん、コミックなんて言わなくてもねえ」と話していたのだった。

コミックと言わずとも、マンガで通じる。マンガは今や世界語なんだから。

クールジャパンを推し進めようとしている政府の方々、その辺、ちゃんと理解しているのかなあ…。クールジャパンのやり方がどうもおかしい、という記事を読むたびに、心配が募るのだった…。

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by akaboshi_tamiko | 2018-10-21 04:48 | アート系 | Trackback | Comments(0)
絵を描くのは楽しい。嫌なこと、悲しいことを忘れて没頭してしまう。手がかゆくてかきむしっていたときも、絵を描いていたらその間だけは忘れていた。

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数年前に描いたサクランボのイラスト。自分で描いた中でも結構好きなイラスト。つややかな赤い実、ツルッとした質感が水彩画風に合うと思う。
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雨の日とか、水たまりとか、こういうのも水彩画に合ってると思う。
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こちらはつい最近練習で描いた「夏の終わり」のイメージイラスト。ストライプの敷物が水彩画風だけど、空がちょっとデジタルっぽくなってしまった。iPad Pro で、無料のペイントアプリのMediBang Paint Proというのを使ってみた。

最近はPCやタブレットで絵を描いている。なるべくデジタルっぽくせず、紙に筆と水彩絵の具で描きました、という風に見せたいけど、なかなか難しい。
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これは数年前に描いたもの。フォトショップ。ガラスの質感は水彩画っぽくなったと思うけど、肝心の花がイマイチ。うーん。
あ、最初のサクランボと傘の女の子もフォトショップ。
デジタル臭くならないよう気を付けたつもりだけど、どうかな。

もう少し筆足を見せるようにかいてみたのがこちら。これはタブレットでMediBang。
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これは「絵にならないものを描く」というテーマを自分に課して、ほんとに絵になりづらいものを描いてみた。
ああ、絵にならん…。

上記の海辺のグラスなんて、海、空、ビーチ、カクテルといった、そのアイテムがすでに絵になるものを並べただけなので、なんの苦労もなく絵になってくれた。

でも、今、カルシウム補給のために飲んでいる粉ミルクを絵にするのは難しい。しかもほぼ同じ高さの物が並んでいるだけ、背景はPCなんて、ほんとに絵にならない。ただ、筆のタッチをつけてみて何とか絵作りしてみたけれど、しょせん情緒のないアイテムは絵になりにくい。
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絵にならないアイテムには、せめて花とかチェックのテーブルクロスとか、ちょっと情緒のあるものを加えないと絵にならない。それでもまだ「絵」になってくれないなあ。

デジタルでなるべくデジタルっぽく見えないように描くのが目標なんだけど、難しい。難しいからやりがいもある、かな。

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by akaboshi_tamiko | 2018-09-23 02:23 | アート系 | Trackback | Comments(0)
5月20日に佐賀県立美術館で開催中の岡田三郎介展を見に行きます。
美術展を見に行くためだけに佐賀まで行くと言うと、かなり贅沢な感じがしますが、LCCを使えば関東圏の美術館へ行くのとそんなに大差ない旅費で行けます。

もちろん、遠いので、一つのイベントだけではもったいない。福岡在住の友達と会うことにして、これも楽しみ~。同じ美術部出身の友達なので、岡田三郎介展も一緒に見に行きます。

ああ楽しみ~。ああ楽しみ~~~~~~!

お知らせ
今週のまる得マガジン第2クールは過炭酸塩。
今まであきらめていた黄ばんだTシャツが真っ白に!
よだれや食べこぼしでいつも濡れている赤ちゃんのスタイが何となくピンクになった、という「ピンク化現象」も、過炭酸塩で真っ白に!
結露でぬれて黒カビの出たカーテンも大丈夫!その黒カビ、落とせます!

放送時間・21時55分~22時(夜9時55分~10時)
5月14日・月…第5回・過炭酸塩で染み抜き…放送終わりました
5月15日・火…第6回・過炭酸塩ですっきり漂白
5月16日・水…第7回・過炭酸塩を入れるだけで″一石五鳥”
5月17日・木…第8回・カビ取りは過炭酸塩におまかせ 

先週の第1クール・セスキ編を見逃した方も、午前中に再放送していますので、ご興味のあるかたはぜひご覧ください。
1クールの再放送 午前11時55分~12時
5月14日・月…第1回・セスキスプレーで汚れ落とし…放送終わりました
5月15日・火…第2回・セスキで汚れ予防
5月16日・水…第3回・セスキぼうきで楽々掃除
5月17日・木…第4回・セスキで簡単洗濯


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by akaboshi_tamiko | 2018-05-15 00:46 | アート系 | Trackback | Comments(0)

絵のうまさと絵の正確さ

上手い絵と、いい絵は、微妙に違います。

上手い うまい 巧い
これも微妙に違います。

正確な絵、というのはわかりやすい。細かく言うと大変になるけど、一番手っ取り早い「正確さ」は、パースがあっているかどうか。これが最大のポイント。

人体や静物の場合でも、パースをとる技量がものをいう。
(まあ、人体や静物の場合はデッサン力と言うほうが一般的かな)

着彩の場合は、色味の調和がとれているかどうかと、正確な色付けはまた違う。

さて、私がうまい絵だと思う作家(漫画家や画家やイラストレーター)が何人かいますが、その作家さんの絵を万人が「うまい」と思うかどうかはまた別問題。好みがありますから。

でも、正確な絵というのは、まあたいていの場合、みなさん意見が一致します。
パースがあっているかどうかは、パースの知識がある人なら、「これは正確だ」「これはパースあってない」「あってる」というのはすぐにわかります。

だけどね、パースが合っているからといって、それが「いい絵」「うまい絵」とは限らない。これが怖いところです。

正確な絵は、練習で何とかなります。でも、いい絵、うまい絵は、練習してもしてもなかなか到達できません(私の場合は…)。

「うまい!」と言われるより、「いい絵だなあ」と言われたいな。
うまいと言われるのもうれしいけれど。なかなかその段階にも行ってないけれど。




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by akaboshi_tamiko | 2018-01-12 18:15 | アート系 | Trackback | Comments(0)
岸田劉生の描いた「切通之図」で、岸田劉生がなぜ消失点を変えているのか、という問題提起を聞いて、ものすごく驚いてしまいました。一点透視図法だと、消失点は必ず一点に結ぶはずなのに、この絵だと消失点が二つある、というのです。
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はい、確かに消失点が二つあります。でもそれは当たり前のこと。だって坂道って、斜面なんですから。

水平と垂直しかない絵だと消失点は必ず一点に結ぶけど、斜面の消失点はそことは違うところに結ぶので、消失点が二つあるのはあたりまえ。驚くことではありません。

しかし、この番組では、岸田劉生はなぜ消失点を二つ作ったのか、ということを考察していました。横の塀と崖の消失点と、坂道の消失点が違うことに対して、なにか意味があるのでは、というような考察をしていたのです。そして、消失点を合わせた場合の絵も作成していました。
    
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だけど、消失点を一つにしてしまうと、「斜面」になりません。平坦な、水平面になってしまいます。

ちょっと検証してみますね。
水平、垂直の面だけでできた下の図は一点透視図法で描いてあります。赤い横線はアイレベル(視線レベル)とか、ホリゾントラインなどと呼ばれます。中心の十字が消失点です。
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真横の線以外は、すべて消失点へ向かっています。真ん中の緑の面は平坦で、真っ平の水平面です。斜めのところは一切ありません。

この左右にある立体に斜めの線を入れてみます。
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茶色の線が斜めに入りました。この斜めの線を結んでできたのが「斜面」です。
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斜面の消失点は、アイレベルより上に来ます。
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この斜面(割と緩い緩斜面)を急斜面にしてみると、消失点はもっと上に行きます。
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坂道や斜面を描くとき、その消失点が、水平面の消失点より上にくるのは当たり前のことで、不思議でも何でもないんです。

これが岸田劉生の「切通之図」です。消失点が二つあることによる揺らぎとか不思議な感覚、、、、私には感じられません。
でも、この絵からは別の不思議な感覚を感じます。
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子供のころ、この絵を画集で見たとき、緻密に描かれた地面、塀とその下の石垣、崖の土の色など、緻密であるのに人がいない、なにか不穏な、不気味な気持ちになったことを覚えています。人がいないことが気持ち悪かったのかなあ…。気持ち悪い、嫌な感覚だったような気がします。

大人になってから見ると、不穏な感覚とか、嫌な気持ちは消えました。子供のころだけのわけのわからないものに対する怖れが、大人になって薄れたのかもしれません。緻密に描かれた画面の迫力とか、画力に圧倒されるようになりました。

この絵を見て、何か異様な感じや不思議な感じを受ける人がいたら、それは消失点のせいではなく、あなたの持っている感受性の高さのせいだと思います。

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by akaboshi_tamiko | 2017-06-27 02:26 | アート系 | Trackback | Comments(2)
パティ・スミスがノーベル賞授賞式で、ボブ・ディランの「はげしい雨が降る」を歌いました。
ものすごく感動的でした!!

途中、緊張のあまり歌が中断したのですが、それもまたパティ・スミスの謙虚さの表れだと、彼女のFacebookのコメント欄では絶賛されていました。

会場では、この歌を聴きながら涙ぐむ人の姿もありました。

ボブ・ディランの詩は難解だといわれるけど、もともと英語の詩は私にとっては理解するのが難しいことなので、曲調と、簡単な単語の意味から類推するしかない。単純な意味しか受け止めきれないので、かえってすんなり「戦いの歴史」と「それを拒否し、悼む男」の歌、として心に入ってきました。

反戦歌と言えば簡単なんだけど、単純に「反戦歌」というラベル付けをしたくないなあ。なんでかというと、、、なんでかな。反戦歌という言葉は、なんだか手垢にまみれた感じがするんですよね。すごく声高な感じもするし。

でも、この曲はそんな声高な感じはしない。メロディが哀愁を帯びていて、穏やかで、しかも毅然としていて。
これをパティ・スミスの声で聴くと、本当に心に沁みる…。

ボブ・ディランは授賞式は欠席して、スピーチが代読されました。その全文が公開されていて、これもまた感動的でした。

スピーチ全文(日本語訳)
スピーチ全文(英語版)


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by akaboshi_tamiko | 2016-12-13 15:38 | アート系 | Trackback | Comments(0)

若冲の色使い

2009年10月に皇室の名宝展を見に行き、若冲の作品も間近で鑑賞した。
あの時すでに若冲ブームだったけど、でもほとんど混んでなくてすんなり見られて、本当によかった!

ソコソコの混み具合だったけれど、私と夫は単眼鏡か双眼鏡を持っていったので、大きな画面の一番上の筆致までしっかり見ることができた。

以前、友達と展覧会に行って、私と夫が単眼鏡で絵を見て、筆遣いの話で盛り上がり、友達にその単眼鏡を貸して「これで見るとよくわかるよ」と勧めたのだけど、その友達は恥ずかしがって使ってくれなかった…。確かに、その時の展覧会では単眼鏡とか持っている人は見かけなかったけど、皇室の名宝展では、いましたよ、ほかにも。

大きな絵の場合、上の方の筆遣いとかを見たい人たちが結構が単眼鏡使っている。若冲の前でもそういう人がいました。きっと筆遣いとか、色の組み合わせとか、下地の色がどれくらい見えてるのかを見たいひとなんだろうな、と思う。

最近、うちでは単眼鏡より双眼鏡にすることが多い。老眼と近視のミックスなので細かな筆致を見るのがつらくてね、単眼鏡より双眼鏡の方が目が疲れずによく見えるし。

あっと、話がそれてしまった。

さて、若冲はどうしてあんな色使いをしたのだろう?
若冲が生きていた当時の江戸の画風は、もっと地味なわびさびの色使いが多かったはずだ。派手なものもあるけど、その派手さは金箔を使ったりしたもので、黒と赤、緑など、補色を使ったカラフルさではなかったように思う。

若冲の派手さは補色が効いているから、かなあ?70年代のポップアートに似ている気がする。

なんにせよ、若冲は当時の画風とは異質な絵を描いていて、異端視されていたとのこと。確かに、ほかの絵師とは違う画風だと思う。

若冲の鶏の絵を見ると、赤や黒がくっきり入ったカラフルな色使いで、ちょっと70年代の漫画雑誌の色使いを思い起こさせる。雑誌全部が全部、赤黒じゃないけど。あ~、これは横尾忠則の少年マガジンの表紙のイメージがどこかにあるのかも。

で、ふと思ったのだけど、伊藤若冲と横尾忠則は色味が似てない??
と、ちょっと検索。
伊藤若冲検索結果
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横尾忠則検索結果
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まあね、「似ているかも?」と思って検索したから、色味が似ている部分を切り取ってしまった。
昨日検索した若冲の画像はどうだろう?
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うーん、似てるといえば似てるかな。

夫は若冲や尾形光琳や俵屋宗達を象徴主義だと言う。この件はとても面白いので、またいずれじっくり書いてみるつもりです。
よかったら、お待ちください。いつになるかわからないけど…



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by akaboshi_tamiko | 2016-05-24 20:57 | アート系 | Trackback | Comments(0)

伊藤若冲展行列長し

話題の伊藤若冲展、きょうは210分待ちだったとか。
すごい人気だ。
生誕300年記念 若冲展The 300th Anniversary of his Birth: Jakuchu
数年前は「いとうじゃくちゅう」と打っても正しい漢字が出てこなかったけれど、今はちゃんと「伊藤若冲」と変換できる。「じゃくちゅう」だけ打っても「若冲」と変換できるので、文字を打つだけでも楽になった。

以前はサンズイじゃなくてニスイの漢字はなかなか出てこなかった。
若冲の「冲」、山岸凉子先生の「凉」も、IMEパッドでニスイの漢字を検索して出したものだった。
あっ、ニスイの漢字の話になってしまった。若冲の話だったのに。

伊藤若冲は色味が独特で、江戸時代の絵師とは思えぬポップな色使いだと思う。ちょっと検索したらこんな色味。補色、多いなあ。
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2009年、東京国立博物館で「皇室の名宝―日本美の華」という素晴らしい展覧会があった。

皇室が所蔵している美術品、名宝を惜しみなく見せてくれる展覧会で、これもそこそこ混んでいたけれど、何時間も並ぶというほどではなかった。

このとき、若冲も出品されていたので、今思うとすごくラッキー。あんまり混んでいない状態でじっくり見られたし!!
ほかの絵画や工芸品も素晴らしかったし、さすが皇室の名品展!!

こんなに素晴らしい美術品を、散逸させることなく、きちんと保管してくれて、ありがとう!! と、皇居と正倉院のあたりを(方向音痴なのできっと方向間違ってたとは思うが)向いて、心の中で手を合わせたのだった。(いいの、気持ちだから。方向が間違っていても)

皇室の名宝展は、並ばず見られて、しかもどの作品も間近で見ることができて本当によかった。あの時も若冲ブームと言われていたけれど、今年はそれ以上のブームだったのね。混んでると近くで見られないのと、並ぶと今病み上がりの私としてはつらいので、今回はいけそうにないかも。

皇室の名宝展見たからいいや、と、負け惜しみ言いつつ、次回は若冲の色味考を書いてみようかな、と思ってます。よかったら、お楽しみに!


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by akaboshi_tamiko | 2016-05-24 00:56 | アート系 | Trackback | Comments(2)

盛り方のスタイル

ジョルジョ・モランディ展を見てきました。

モランディの作品は、ほとんどが静物画と風景画。
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大げさなところがなく、落ち着いた色と、静かな構図。こけおどしもなく、静謐な世界。
モランディ、何も盛ってない。
そう、盛らんでいい。盛らんでぃ・・・

はっ、またしてもダジャレを・・・。

しかし、絵を描いたり文章を書いたりするとき、私はやっぱりちょっと盛ってしまうわけですが、モランディの描く絵は、何も盛ってない。ホントに。

いや、彼なりの盛り方をしているんだろうけど、それが普通の盛り方とは逆方向に働いています。
もっと静かに、もっと静かに、もっと静かに・・・
筆のタッチも年代によって多少の違いはありましたが、そんなに大きな違いではなく、静かな筆遣いでした。

それより、エッチングの線が多彩。ただ線の重なりだけでなく、細か~~~~~な鹿子模様のような、丁寧で静かな線と点の絡みあい、白と黒の画面なのに、いろんな色や質感の違いが表現されていました。なるほど、今度カケアミをこんな風に描いてみるか!とか思ったり。漫画家はどうしても自分の仕事に結びつけて考えてしまう。

見終わったあと、ショップへ行くと、「こ、これはモランディっぽい!!」と思うものを発見。
モランディ印のオリーブオイル。

これをお土産に買って、さっそく写真撮影。モランディっぽく。

左端の取っ手のついたビンがモランディ印のオリーブオイルです。
あとのはうちにあるビンやグラスや器。
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普通のグラスやビンが普通に並んでいるだけの構図で、右側をあえて空けてみました。モランディの絵に、右側が空いているのが多かったので。

この写真をもとに、絵を描いてみようかな、、、と思ってます。いい展覧会だったなー。



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by akaboshi_tamiko | 2016-03-13 21:22 | アート系 | Trackback | Comments(0)
1月10日にギア市美術館で開催中の「初期浮世絵展―浮世絵の力・筆の力」を見てきました。
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この日は川村記念美術館のと国立歴史民俗博物館にもいくという、弾丸ツアーの日。

一日に3つの展覧会を見て、どれもこれも筆の線が変幻自在でカッコイイなあ、と感じました。
上のポスターの絵もそうだけど、太い線、細い線、勢いのある線、柔らかな線、固い線、丸みのある線、どんな線も自在に描いているのが浮世絵や日本画の人たち。

あんまり筆の線がカッコイイので、ちょっと真似してみました。
千葉美で見た中に、確か着物姿の男が寝っ転がっている絵があったので、記憶で描いてみたら・・・
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うーむ......。 
やはり筆ネイティブの人の線とはまったく違います。

あ、筆ネイティブとは、生まれて初めて持った筆記具が筆だった人、子供の頃から筆で線を引く、文字を書く、絵を描く、という訓練(というか、そういう生活)をした人のこと。
と、美術史家の山下裕二さんの本で読みました。

そりゃ、江戸時代から幕末の絵師は全員、筆ネイティブですよね。

それから、この時代の人たちは、着物ネイティブでもあります。
着物ネイティブとは、今、私が思いつきで作った言葉ですが、着物しか知らない時代の人のこと。

着物ネイティブの人が描く着物姿は、袖や襟のたるみ具合、裾の開き具合、模様のつき方などが、正確。着物しかないから普通に描くだけで正確になってしまう。

今は、洋服の感覚があるから、例えば縞模様を描く時、うっかり洋服と同じように縞を入れて、あわてて消す、なんてこともあります。
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着物の縦縞は、着物を広げて見たとき、袖の縞は垂直(縦)になっています。
洋服の場合は、縦縞の服でも袖の縞は水平(横)になっています。

着た姿を描くと、洋服は袖も身頃も縦。でも、着物の場合は袖の縞は縦にはならない。

横縞もまたちょっと難しい。
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広げてあるところは袖も身頃も水平の縞だけど、着た姿だと袖の縞が垂直に落ちるし、肩とのつながりとか、結構難しいです。

そういうのが、浮世絵や日本画を見ると、軽々と、何のためらいもなく、自然に模様が描いてあって、昔の人は本当に着物ネイティブだなあ、と思います。

そうだ、筆ネイティブに話を戻すと、山下先生の本によると、筆ネイティブ最後の世代が鏑木清方と上村松園であり、鏑木清方が1972年に亡くなってから、日本では筆ネイティブは絶滅した。そして、今、ほとんど筆だけで原稿を描いている漫画家の井上雄彦さんが、筆ネイティブの領域に近づいている、とのこと。

うーん…。
何万本、いや、何千万本、数億本の線を引けばあの領域に近づくことができるのか。
今回、ちょっと張り切って筆で描いてみたけど…。どんだけがんばれば近づけるのか…

最初からあきらめちゃダメだから、毎日、筆を使って何か描いてみようかな…。

美術館に行くと、やっぱり絵を描くことを頑張ろう、という意識が出てきます。
それはとても楽しくて嬉しいことです。ときどき、あまりの道の遠さに、あきらめの気持ちもわいてくるけど、ま、将来、何かキレイな線できれいな絵を描いてみたいな、と夢だけは大きく持つことにしよう、と思います…。
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by akaboshi_tamiko | 2016-01-17 10:57 | アート系 | Trackback(1) | Comments(0)