漫画家・赤星たみこの日記です。 

by akaboshi_tamiko
「わたしの家族」と言っても今回は夫だけ、なんですが。お楽しみの姉の話はまた思い出したときに。

さて、この「ミントの香り お風呂の石けん」は、夫の大のお気に入り。パッケージを開けると、すぐにミントのさわやかな香りがぱあっと広がる。それだけでなく、お風呂で使うと汗や皮脂がさっぱりすっきり落ちて、清涼感のある香りが全身を包む。
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この石けん、実はすごい効果がある。
洗浄力やさっぱり感だけでなく、人間性まで変えてしまうという…。

とにかく汗っかきで暑がりの夫は、いつも夏になると嫌な人に変身する。暑い、蒸す、気持ちが悪い、べたべたする、ゼリーの中を歩いているようだ…と、ものすごい不平不満を口にするから。

しかし、このミントの石けんを使うと風呂上りがすっきりさわやかになるので、今までの不平不満がピタッと止まるのだ。今までの嫌な人から、明るいさわやかな人に大変身!! すごい効果!!(当社比)(個人の感想です)

でも、ミントの石けんはほんとに気持ちいいです! 夏の蒸し暑い夜、この石けんでお風呂に入り、さっぱりしてから寝ると寝つきもいいような気がする。(逆に冬に使うと寒すぎるくらいなのでご注意!)
(当社比)(個人の感想です)

ミントの香りは、ゴキブリの弱い忌避剤にもなるので、台所の引き出しに一つ入れてみた。効果のほどはわからないけど、いい香りがするから、ま、いっか~。

あ、この石けんは、いつも通り石けん百貨で買ってます。ふつうのお店やスーパーでなかなか買えない石けんがたくさんあるので、いつもまとめ買いしています。


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# by akaboshi_tamiko | 2018-07-27 00:51 | 石けん/セスキ/過炭酸塩 | Trackback | Comments(0)
「わたしの家族」の、姉の話が一部でバズっている。
(バズっている、というほどのアクセス数ではないが、友人知人の間では話題になっているのだ)

姉1(公代、私の5歳上) 姉2(利枝、私の3歳上)の二人のうち、特に姉2利枝はほんとに変わった人だったので、いろいろ変わったエピソードがたくさんある。

足の裏をなめろ事件(わたしの家族7)のように、理不尽なことを要求する姉だったが、実は面倒見のいい優しい面もあった。

あれは利枝が小学校5~6年生くらいの時の話である。

私と姉がおはぎを丸めていた。もち米はすでに丸めてあり、それにあんこをつけていく作業を姉と二人でやっていた。

二人で黙々と作業をしているとき、ふと、私は鼻の頭がかゆくなった。

「鼻がかいいなった(かゆくなった)」
と私が言うと、姉はパッと動きを止め、「うごくな! じっとしちょって!」と叫び、流しへ飛んで行った。
私はちょっとあっけにとられて、もち米とあんこを手に持ったままじっと動きを止めた。(というか、「動くな!」と言われたら、じっとしていないとさらに怒られるのである)

姉は流しでさっと手を洗うと、私のところへ取って返し、人差し指を私の鼻の穴に突っ込んで、ぐりぐりとかいてくれたのである。

私は思わず頭を振り、姉の手を振り払い、「ううううん!!」と不機嫌な声を出した(と記憶している)。

姉は、自分がせっかく鼻の中をかいてやったのに私がカンシャクを起こしたと思って、ぷりぷり怒り始めた(と思う)。

妹があんこにまみれた手で鼻の穴に指を突っ込んでかくのを阻止したと思っていたのだろうか。それとも、手があんこまみれで鼻がかけないからかわいそうだ、と思ってくれたのだろうか。どっちだろう。

どっちにしても「かゆい鼻をわざわざかいてやったのに、なんだこの子は!」というような怒りだと思う。

でも、ねーちゃん、私がかゆかったのは鼻のアタマ!! 鼻の中じゃないから!!
「動くな!」と言われなければ、私は手の甲で鼻の頭をちょいとこすってそれで終わりだったのに!

姉の思いと妹の思いはいつもすれ違い…。

こういうすれ違いって、たくさんあったのだろうけど、私がとても印象深く記憶しているのはこれと足の裏なめろ事件の二つくらいだ。もっとたくさん思い出話したかったんだけどね…。

一番上の姉、公代とは、もっとたくさん話をしなければ、と思っている。

わたしの家族7
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# by akaboshi_tamiko | 2018-07-25 18:00 | Trackback | Comments(0)
私の姉の思い出話を。

3歳年上の姉、利枝は、私をよくいじめていた。本人はいじめているつもりはないのだと思うが、子供時代の三歳違いは体力に大きな差がある。女の子なので殴る蹴るはないけど、言葉の暴力が多かったかな。あと、ものすごく理不尽な要求が多かった。

確か、あれは私が小学校1年生、姉は小学校4年生くらいの頃だったと思う。

ある夜、私は家の二階で寝る用意をしていた。布団を敷き、ゴロンと横になっていた。

そこへ姉がぴょんぴょん飛び跳ねながらやってきた。そして私の顔の前に足を突き出して、いきなり
足の裏、なめてん
と言ったのだ。

「なめてん」というのは、「なめなさい」という意味の方言である。
が、誰だって足の裏をなめるのは嫌だ。当然私は拒否した。

すると姉は、「風呂場からケンケンで来て、こっちの足は床についちょらんから、きれいじゃから! いいから、なめてみね!」と言うのだ。
(「なめてみね」は、なめてみなさい、という意味。「なめてん」よりはやや優しくなっている)

それも拒否すると、「なんでよ、風呂できれいに洗ったき、キレイじゃき、なめてん大丈夫じゃから、全然汚れちょらんちゃから、絶対大丈夫、きれいじゃなら!」と、足の裏がどれだけ清潔かを延々と説明し始めた。

あんまりあれこれ言われるので、私はついに姉の足の裏をなめたのであ~る!

「どんげな味がする?」
姉は目を輝かせて私に聞いた。
(そうか、姉はきれいに洗った足の裏はどんな味がするのか知りたかったのか!)

舌の先で姉のかかとを一瞬だけなめたとき、お風呂のお湯の味、というか、水の味しかしなかった。

それは確かに、清潔だったと思う。そして、ケンケンで上がってきたという、床についたほうの足はなめさせなかったから、なんと優しい姉であることよ。(ウソ。心にもないことを…)

……いやいや、自分の好奇心のために、足の裏を私になめさせた姉、変わった人だよなあ。自分でなめればいいのに。

しかし、姉はほかにもいろんなことを私に強要していたのだが、あれはストレス発散のためだったのかも。いつもピリピリしていたように思う。

ストレスを発散する対象が、私だったのかな。
末っ子はつらいよね…。


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# by akaboshi_tamiko | 2018-07-23 18:00 | Trackback | Comments(0)
私には姉が二人いた。
一人はこのところずっと紹介している作文を書いた姉で、私の5歳上の公代だ。

もう一人は、私の3歳上の利枝(りえ)である。
50数年前の作文では、私や公代姉とよくケンカをしていることが書かれていた。
「かつえんぼう」とも言われていて、肉が大好きで食べることが大好きな姉だった。

その利枝のことを、公代姉が去年、こう書いている。

****************
二歳年下の妹 利枝は2012年58歳の若さで亡くなった。乳がんだった。

最初の入院の時(1996年)、乳がんは外科だからなんでも食べられると、旺盛な食欲をみせたり、腹筋を鍛えたり、なにかの資格試験の勉強をしていた。

最後は人工呼吸器をつけていたが、弱音ははかなかった。

三人姉妹で、子供の頃はよく喧嘩をしていた。何かを取ったとか、触ったとか、どうでもいいようなことで、ワアワア、ギャーギャー言っていたように思う。大人になって、それぞれに家庭を持って、落ち着いて話ができるようになった。その妹が一人欠けてしまった。もっと話したり、旅行したり、楽しいことがあったのになあ・・・と思う。

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利枝姉は私をよくいじめていた(きょうだいげんかの範疇で、他愛のないいじめではある)のだが、母がよく利枝に「やめちょきね! たみ子がおびえよる!」と叱っていたのを思い出す。


子供のころの3歳差は大きいので、私もおびえていたんだろうなあ。


数年前に「お月見」のテーマで短いコラムを頼まれ、私は利枝姉と月のことを書いた。それをちょっと引用しよう。


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月を見ながら歩くと月が自分と一緒に付いて来ます。小さなころはこれが不思議でしたが、3歳年上の姉に「月は途方もねえくらい遠くにあるから、ついてくるように見えるとよ」と教わりました。


多分、学校で習ったばかりだったのでしょう。ちょっと得意げな顔をしていました。「途方もないくらい遠い」という言い方を、私はそのとき初めて知りました。


お月見の頃はこのことを思い出します。私によく意地悪をしていた姉が珍しく優しかったこと、月が一緒に付いてきたこと、得意げな姉の顔。


その姉は4年前、長い闘病の末に亡くなりました。月よりももっと遠く、途方もなく遠い所へ行ってしまった姉。

ケンカばかりしていたけれど、月を見ると姉に会いたくなります。

**************


姉が亡くなってしばらくは、死んだ、とは思わなかった。いや、今も、「死んだ」とは思わず、簡単には会えないほど遠いところ、月よりももっと遠い、途方もなく遠いところへ行ってしまったのだな、と思う。


ねーちゃん、その途方もなく遠いところは、いいところじゃろか。



・・・・な~んてね、ちょっと感傷的になってしまった。

ほんとは、もっと衝撃的(笑撃的かも?)な話を書きたかったのだが。その話はまた明日。



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# by akaboshi_tamiko | 2018-07-23 00:40 | Trackback | Comments(0)
姉が50年以上前に書いた作文が、周りに大うけしてくれた。

実はこれ、去年の2月に、姉が自分のブログで発表していた。(写真なしで、誤字脱字を訂正した文章で)
やっぱりこの作文は、実際の古ぼけた原稿用紙と、誤字脱字をそのままにして載せるほうが味わい深い。

そして、姉はまたその続きをブログに書いている。

2017年 02月 21日

五歳年下の妹たみ子は、よく本を読む子だった。近所の本屋さんの常連(買うのではなく立ち読み)で、私達が立ち読みをしていると、おばあさんに追い払われていたが、妹は公認されていた。漫画をよく描いていた。何歳ごろだったかは覚えていないが、なかなか上手いなあと思ったことがある。


テレビドラマで「次郎物語」というのをやっていて、それを見ながら号泣していた。♪次郎 次郎 見てごらん 白鳥は 風に向かって 飛んでいく ♪というテーマソングと共に忘れられない。とても感受性の強い子供だった。

セーターやカーデガンを、ズボンの中に入れるというスタイルも、独特だった。特別の美的感覚と言うものがあったのだろうか。

英語はNHKの基礎英語で覚えたそうだ。テレビを録画して、毎日繰り返して見たそうだ。繰り返すということが大事なのだ。

それらのすべてが、現在の職業に繋がっているのだなと思う。


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これも懐かしい…。

私の生まれ育った日之影町は、宮崎県北部、西臼杵郡というほとんどが山、という地域にある小さな町だ。人口も少ない。


そんな中、西臼杵郡の文化を守る、という高い理想を掲げた本屋さんがある。高橋書店である。

私の実家のすぐ二軒となりにあった。


昭和の子供たちは書店で立ち読みをしては書店のおじちゃんおばちゃんにハタキで追い払われていたのだが、私は保育園を中退して時間があったので、いつも書店で立ち読みを繰り返していた。


まだ本当に小さかったので、おじちゃんの足の間をすり抜けるようにして隠れて読んでいた。

あまりのしつこさにあきれ果てたおじちゃんが、ある日「またお前か、お前ならもういいわ」と言ってくれたのだ。


私の親もお礼はしたのかしなかったのか、今となってはわからないが、本当に本当に、どんなに感謝してもしきれないくらいの恩をこの書店からいただいた。


たくさんの本を読み、漫画を読み、私が漫画家になれたのも、この高橋書店のおかげだと思っている。

ありがたくてありがたくて、いつも思い出すと涙が出る。あんな山の中の田舎の子が、東京の子供とほとんどタイムラグなしに「火の鳥」を読めたなんて…。


書店のおばちゃんが長いこと病床に就いていたとき、「私が漫画家になれたのはおばちゃんのおかげよ、ありがとう」と言ったら、おばちゃんは涙を流して喜んでくれた。


それから…

今も私の家族の語り草になっているのが「セーターやカーディガンを、ズボンの中に入れるというスタイル」だ。


当時の私には服装に関する独自のルールがあって、その一つが、「上に着ている服は必ずズボンやスカートに入れなければならない」というものだった。


それは、当時の少女漫画誌で見た絵に影響を受けたせいかもしれない。

当時の漫画やファッション雑誌では、必ずスカートの中にブラウスが入っていたのだ。それを見た私は、それが正しい、それ以外はダメ、と思い込んだのかもしれない。


また、衣類が上にずり上がると不愉快で、違和感があった。だからブラウスやセーターやカーディガンを必ずズボンの中に入れなければ気が済まなかった。


着心地や肌触りに関して、少しでも違和感があると癇癪をおこしていたのだが、そんなことで違和感を持つということが大人には伝わらず、ただ癇癪(とんきろ)を起こしているだけだと思われていた。


服装や持ち物、布団の上げ下ろしなど、生活全般に関して、私には独自のルールがあった。

そのルールから外れた違和感、不快感から、とんきろを起こしていたので、「勝手屋さん」と思われていた。うーん、違うのに!! と、今になって思う。


勝手屋さんじゃないんだよ、違和感・不快感を伝えるすべがなかっただけなんだよ! と、大人になって冷静に思うけれど、子供のころは生きにくかったなあ…。


姉の作文からいろいろ思い起こして、懐かしやら、しみじみするやら。


姉の作文は「まるで朝ドラ見てるみたいでした!」という感想もいただいたけど、そこも含めて、私と本屋さんとの関係とか、朝ドラ向きのエピソードかも。


いつか、私が漫画化したいなあ…




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# by akaboshi_tamiko | 2018-07-21 18:00 | ふるさと関連 | Trackback | Comments(0)